萌えぷら連続小説

Magic Storm RISING“邦題 マジックストーム作戦発動”
筆:ItaK

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第6話から第10話はこちら


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「ミサ、早く!」
サブマシンガンを肩から下げた兵士の声に、ミサは軽く手を挙げて応えた。
「それじゃよろしくねん、青いシールが貼ってあるから」
「ああ、解った。無理すんじゃねーぞジャパニーズ・スピットファイア!」
どう見ても軍艦内には似つかわしくない帽子がハッチの向こうに吸い込まれていくのを見ながら、
そろそろ白いものが混ざり始めた髭を蓄えた水雷長はため息をついた。魚雷が20本ほど積み上げられたアモ・ルーム、
それ自体は別段おかしい風景ではない。彼がここ数年職場であり生活の場ともしてきた空間だ(スペースが極端に制限される潜水艦内では、
冗談抜きで魚雷と隣り合わせでベッドが備え付けられている)
気になるのは、そこの魚雷の幾本かに、ミサがなにやらわめきながらステッキでちょんちょんとつついていたことだった。
駐車違反の車にマーキングするような気軽さだったと、思い出す。大きくシールが貼られた、その魚雷は全部で4本。

「本艦。10ノットに減速、針路直進」
「一番チャンバー内、注水開始」
内壁面にユーモラスなイルカのイラストが描かれた室内に、黒い液体が注ぎ込まれた。
本来は無色透明な海水も、極端に照度が押さえられたチャンバー(気密水密室)ではオイルか何かのように見える。
「水位、スカートを超えます」
「1次電源ケーブル、絶縁抵抗問題なし。セパレートまであと60秒」
「バッテリーチェック、クリア。エアコンディショニング、ブルー」
『サバイバルボックスをチェックせよ』
「チェックスタート、酸素ボンベ、#1#2#3フル充填確認。CO2吸着システムチェッククリア」
「水位、艇窓をクリア。気密チェック良し」
「照明チェック、前部・上部・下部・左右点灯、問題無し」
「トランスポンダ、発振間隔5秒3パルス、確認」
「スラスタチェック。メインスラスタ#1#2#3、接続」
「作動確認!」
「パッシブソナー、スイッチオン」
「スイッチオン、感度調整」
「サイドスラスタ接続、ホリゾンダルスラスタ接続」
「作動確認。本艇、発進準備完了」
『コントロールよりピクシィミサ、これよりケーブルをカットする。最後に何か言っておきたいことがあったら、今のうちだぜ』
「聞いてないぜ」
『あんだと?』
「バッテリールームのほうに行った。どうやら指揮官としての天然の素質だなあれは。
自らエンジン見るなんざ・・・航法データよこせ、待機ポイントまでは自動航行」
『オーケー、君達のコールはこれより、パイレーツだ』
「パイレーツ了解。んじゃ、盗賊らしく、闇にまぎれて出かけるとしようか」
「深度400mで日が射すかい。グッドラックだ、8人の盗賊ども・・・よーし、PAP発進だ、ハッチ開けろ!」

MagicStormRISING Episode-11

バーンズが艦橋に入った瞬間に、それまで室内を満たしていた私語のざわめきが低くなる。
今や、彼らの生死は、一人の少女の活躍に委ねられた。
「艦長。敵魚雷、右上後方1500で爆発しました」
淡々と響くソナー員の声にバーンズはうなずき、
「マイクを魚雷発射管制室へつなげ。以後の連絡は全てオープンにする」
「全オープン、アイ」これで、レシーバをつけた乗組員全員に、彼の声のみならず全ての部署間の連絡が聞こえるはずである。
通常は混乱を防ぐためにタブーとされる措置だが、パニックを押さえるためにあえて情報をクルーにも与えるという、これはバーンズの判断だった。
「・・・全乗組員に告げる。こちら艦長のバーンズだ」

潜水艦にとっての最大のウィークポイントは艦尾である。側面に魚雷を受けたのならば、隔壁を閉鎖してそれ以上の浸水を止めることも出来る。
艦首をやられても、ソナールームを犠牲にすれば沈没することは無い。しかし、艦尾をやられることは、
推進力の源であり比較的脆弱なスクリュウの基部が破壊されると同時に、そこから機関室に直接海水がなだれ込むことを意味する。
OXX−1Bはその原則を忠実に守った。魔法少女を確実に深海に葬り去るために。
積み木細工にパスタを絡めたような油圧オートマチック機構による魚雷装填が、騒音を立てないようにゆっくりと行われる。
使用するのはMk48Mod5魚雷。重魚雷に分類される世界最先端の魚雷の弾頭は、先程のものと異なり、妖しい光芒を纏っている。
留魅耶や魎皇鬼が見れば解っただろうその輝きは、イマージンを追い求める“眼”が備わっている証しだった。
無骨な機器類を纏わりつかせた金属管に、魚雷が呑み込まれていく。 
艇の最前部にある操舵室は、直径1m半の鋼球に機器と人間が押し込められる造りになっている。
パイロットは腹ばいになって、前のディスプレイ類をにらみつつ操縦桿を握ることになる。
「待機ポイント到着まであと30秒。スラスタ停止します。」
パイロットを見下ろすような格好で室内に陣取るミサが、足元からの声に応えた。
「オーケー、発射音が来るまでに小道具をちぇっく!」
「小道具っておい・・・」
どこからか取り出した絹布でなにげにステッキを磨き始めたミサに、後方の部屋に待機している隊員の一人から突込みが入る。
「一応、正規の軍装備をこどーぐと言われるのには抵抗があるんだが」
「あ、そーいえば大道具もあるんだっけ?えーと」
「わあ、こんなとこでんなもん振りまわすんじゃない!誰だ12.7mmなんて持ち込んだ馬鹿は」
ミサの手から、組み上げれば少女の身長を軽く上回る銃身を誇るイタリア製の対戦車ライフル一式をもぎとって、隊員は鼻息を荒げる。
「いっつオンリージョーク!でも別に小道具で間違いじゃないでしょ?大道具は使いようがないんだし」
「いや、だからな、現実の戦闘がカレッジの卒業パーティと同レベルになるのがな・・・」
「あら、気がついてなかったの?」
その瞬間、眼前の黒衣の少女が浮かべた笑みを、彼は生涯忘れることは無いだろうと思った。
天真爛漫さのなかに子供故の僅かな、それでいて底の見えない怖さを感じさせる笑み。
「これはパーティよ!最高にスリリングでエキサイティングな」
茶色の瞳ってのはこのことかなと、彼はあとで思い返すことになる(「茶色」には、人をだます、いたずらをする、という意味がある)
しかし、この時点で彼がそのことを考えることは無かった。
魚雷航走音、探知・・・・。

「来ました!魚雷航走音2つ!後方、距離31000方位1−7−5上方、雷速45ノット、加速中」
「後方だ?ソナー、魚雷発射音は?」
返答がソナールームから帰ってくるまでに数秒を要した。悲鳴混じりに、探知できなかった旨が伝えられる。
「またスイムアウト発射か」バーンズ艦長は呟いた。空気鉄砲と同じ原理で魚雷を押し出す通常方式ではなく、魚雷を込めた発射管を海水で満たし、
魚雷自体の推進力でゆっくりと発射する方式ならば、発射音はかなり小さく押さえられる。
そのかわり隠密行動が必要なシチュエーションであるから、自艦も動きは制限される・・・ならば、うつべき手は一つだった。
「あぶり出す!機関へ、速力30ノットまで加速!」カメハメハにとっては最大速度に近い。
ぐうんと体を引っ張られるような感覚の後、慣れたタービンの振動を身体で感じるような錯覚を、艦橋にいるだれもが覚えた。
「魚雷発射管、1番2番にM魚雷装填」
「1番2番、M魚雷装填!シールの奴だ、急げ」
「デコイ(囮の物体。艦外に射出されると、気泡とノイズを発して魚雷をひきつける)1番2番用意。同じくM」
「敵魚雷、ピン来ません!距離27000!雷速55ノット、信じられ無い・・!」
「新型魚雷だな。最大速度に達すると同時に、下げ舵7、面舵5!同時に、魚雷1番発射!」
艦橋クルー全員が、耳を疑った。
「って・・・敵は後方ですよ?!」
「解ってる、ソナーは耳だけ澄ましてろ!」
「敵魚雷なおも接近!距離23000!未だピンは来ず」
「・・・どう思うね?ナンバーワン」バーンズは、年季の入った微笑みを副長に向けた。モスは首にかけたマイクを神経質に弄くりながら、
「無茶もいいとこだと、思います。戦略的にも、戦術的にも」
「そう、その考えは正しい。実に無茶だ・・・・・だが、不思議と、失敗する気がしないな・・・機関室、まだ全速に達しないのか?」
「機関室より・・・全速、今!」
バーンズは待ち構えていたように、声を張り上げた。
「1番発射しろ!2番魚雷、5秒後に発射。デコイ発射準備!」
「転舵かけまーす、面舵!下げ舵!」

ずしんという特徴のある音が、ミサにも聞こえた。探知の報告を受けるより前に、
「魚雷のコースをトレースして!命中までのカウントダウン!それと、OXXの魚雷は?」
「1番魚雷・・・エンジン音ロスト、沈降のもよう。2番魚雷、只今発射!航走中、命中まで12秒。
カメハメハは2番魚雷のコースを全速でトレース中。半時計回りで沈降をかけます。
OXXよりの魚雷、2本ともカメハメハを捕捉中のもよう。今だピンは発信していません。命中まであと22秒」
「・・・ぎりぎりチョップってとこ?」
「2番魚雷、近づきます」
ことさら冷静な報告の声が、かえって緊張感を高める効果があるようだった。
「魚雷、近づきます。ピンが来ます」
魚雷そのものに取りつけられた小型のソナーが放つ等間隔の音が艇の外盤を叩き始めた。潜水艦にいる人間が、最も忌み嫌う音だ。
この音の間隔がだんだん短くなると、それは魚雷が自分のほうに接近してきていると言う何よりの証拠である。
「魚雷、近い・・・・接近中」
いまや、ピンのほかに、しゃぁぁぁと水を切る音が聞こえてきた。絶対に想像したくなかい結果が、一同の脳裏をよぎる・・・。
否、ミサだけが。
ミサ様だけが。
普段どおりの、一切の心配事ナッシングなお心でいたのである。

目標までの距離が、5000をきった。
イマージンを頼りに最大射程で発射された2本の魚雷、その頭部の輝きが、不意に薄らぎ・・・
光に代わって、1秒間隔の叩きつけるような音が放たれ始めた。
これは、魚雷の誘導が最終段階に入ったことを意味する。 

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今回の事態に対し、米国防総省は即座に原因究明のためのタスクフォースを設置、管理下に置いた。
軍事のみならず、非常事態が発生した場合、アメリカでは危機管理対応のシフトがかなり高度にマニュアル整備されており、
その際には官のみならず民間調査機関や大学などの協力を得て万全の体制を整えるのが常とされる。
映画にもなったアポロ13号の事故などでは直接の責任を有するNASAのほか、マサチューセッツ工科大学(MIT)や企業などが
即座に対策チームをつくり、対応した。今回も同様に、国防総省は自らの電子戦部隊に加えていくつかの機関に調査を委託したのである。
そのなかで、情報犯罪に関しての世界的権威であるMITのサイモン研究室、スタンフォード大学の電子工学研究所の出した結論は、同じだった。
クラッキングのスタート個所であるデネブそのものが、クラッキングソースである可能性が非常に高い・・・・。
これは、テロリストがデネブにクラッキングをかけたのならば、そのテロリストは介入の痕跡を完全に消し去るだけの技量を備えていることになる。
あるいはデネブが何らかの判断異常を起こし今回の攻撃命令を下したのならば、致命的な欠陥がシステムにあることを意味する。
どちらにせよ、憂慮すべき事態だった。
タスクフォースには人妻隊事件を直接目撃した元在日米軍の人間もいたが、さすがに、
これが一魔法使いのはた迷惑なうっかりミスによるものだと看破した者はいなかった。想像の範疇を超えている。
結局、彼らの意見を纏め上げたのは、ただひとり積極的に魔法を扱う人間と関わった経験を持つアメリカ人である、
世界的に有名だが最近ちょっといい気になりすぎじゃないの儲けすぎじゃないのやっぱ会社は分割しなさいよと陰口叩かれてる男の一言だった。
彼は、現在進行中のこの事態に、かつての師が関わった事実を確認すると、メガネを光らせて、すっぱりとこう言ったのだった。
「魔法少女に一任しましょう」

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着陸したばかりのオスプレイの後部ハッチから、茶黒い砲丸が駆けぬけていった。
見た者の眼に、僅かに淡い青と鮮やかな赤の色彩を残しながら。
もろ迷彩仕様のハマーのハンドルを操る、赤の髪の主・・・鷲羽は、すでに顔を引きつらせて始めている助手席の少女をちらと見やり。
アクセルをべた踏みする。
そのまま滑走路から一切の減速をせずに、車両用ゲートへ向かう。
ゲートの係官は、先の色彩の他に、女の子らしき悲鳴を記憶することになった。
そのドップラー効果ばりばりの声の発生源の移動していった先に、F2/F3と呼ばれる“桟橋”がある・・・・。
そこで、“ビッグM”は待っていた。彼女に再び、力を与えてくれる魔法少女の到着を、ただひたすらに。
彼女は、“ビッグM”の他にも幾つかの名前を持つ。Mは、その名前の頭文字なのだった。
ハワイ、フォード島。
かつて、魔法少女の先祖たち(といっても、たかだか数十年前の話だが)が空から襲ったこの場所で、彼女は、魔法少女を、待つ。
マジック・ストームが吹き荒れるまで、残された時間は、さほどない。

「魚雷、近い!」
甲高い報告の声と同時に、艇の左側面下方すれすれを、カメハメハからの2番魚雷がすり抜けていった。
あとにはしゃぁぁぁというスクリュウ音だけが残る。
無事通過を確認した今、艇のクルーの心臓が震えるように脈打っているのを、始めて自覚する余裕ができた。
この緊張感と無縁だったのは、ミサだけだった。
「おっけー、手はずどおり・・・カメハメハは?」
「後方にて右回頭中、本艇の左舷を通過します」
「敵フィッシュは?」
「追尾中!まもなく、命中コース!」
「・・・おっけ・・・・さぁ、ここからはジェットコースターみたいになるわよ!」

「デコイ射出用意!」
「魚雷、後方5000でピンが来ましたぁ!命中まで12秒」
バーンズは無言でうなずく。モス副長は、一息深呼吸をしてから、
「うろたえるな!本艦の2番M魚雷は?」
「前方航走中、海底まであと、2秒」
「魚雷が来ます、あと10秒」
ここまで魚雷が接近すると、もはや音を探知されないように声を落としていてもほとんど意味はない。
緊張感もあいまって、艦内のそこかしこで交わされる命令や連絡は必要以上に大きな声(というより怒号)になる。
まるでどこかの国の魚市場だ。
「・・・2番魚雷、海底に命中!」
 
OXX−1Bの攻撃管制盤に、突然新たなイマージン反応が現れた。
それは今までのものとは明らかに異なる、特徴を備えている不思議な反応だった。
2番、M魚雷。ミサが僅かながら、イマージンを分け与えたこの魚雷の爆発こそ、海底で吹き荒れるはずの、
もう一つのマジックストームの始まりを知らせるものだったのである。




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「しっつこいわね・・・」
 アクセルを緩めずに、鷲羽はミラーにうつるカーキ色のMPロゴの入ったジープを見やった。
 だがこれは、滑走路横断だのスピード50マイルオーバーだの信号無視だのあげくに基地の入り口のバーを
へしおって侵入するだのといった無法をした鷲羽が悪い。絶対に。
「せせせせんせ、うしろうしろぉ!」
 平和そのものの海を横に見ながら疾駆するハマーに、わざとらしくパッシングとクラクションをかまして、
新手の一台のジープがチェイスを仕掛けてきた。確認するまでもない色彩が、軍に所属する車両であることを雄弁に物語っている。
上半身が引きつっているのに無理を言わせ、砂沙美はそれを鷲羽に告げた。悲鳴混じりに。
「ええい、砂沙美ちゃん、舌噛むんじゃないわよ!」
「せんせ前、崖、海うみぃー!」
「なんの!」
 口を開くより前に体が反応する。ステアリングを切り、それまで豪快に踏みつけていたアクセルを抜き、
サイドまで動員して強引なターンをかます。もはや砂沙美は半分石化していた。
「まだ追ってくる、ん?」
 鷲羽はそのときになってようやく、後続のジープから兵士が身を乗り出してメガホンで叫んでいるのに気がついた。
軍警察ならばサイレンを鳴らせばすむことである。
 僅かにアクセルをゆるめると、するすると左につけたジープの兵士がひどいスラングをわめきながら、
ごついハンディトーキーをハマーに放りこんだ。

MagicStormRISING Episode-12

本来は、未来永劫にわたって闇と静寂に支配されているべき深海底に、赤黒い塊が出現した。海底に正確に45度の角度で突き刺さった
Mk46-ADCAP魚雷が、触接信管を作動させたのだった。瞬間的に発生した閃光に続いて生み出された衝撃波が、岩と土砂と、
かつて魚雷だったはずの金属片をブレンドしたものを舞い上げ、すくいあげていく・・・・・・・この深海で聴覚を視覚に置きかえることが可能ならば、
その者はさながら入道雲のごとく涌きあがる泥煙のところどころで、雷光のごとくきらめくなにかを見とめたかもしれない。
 バーンズの狙いはこれだった。眼をかっと見開き、彼は命じた。
「前方の“砂嵐”に突入する!2番魚雷爆発地点の手前で、急速転舵、アップトリム20、面舵いっぱい!同時にデコイ1番2番射出!」
「敵魚雷、あと6秒!後方1200!」
「航海長より、回頭地点まで、3秒」
 ピンは今や、ほとんど間断なく響いてきている。その音自体も、加速度的に大きなものになってきていた。
 だが、このとき、すでにカメハメハは・・・・ 
「水雷、デコイ準備良し」
「敵艦OXX、エクスプロージョンポイントまであと14秒です!」
「敵魚雷、命中まで4秒!」
「回頭点、いま!」待ち望んだその声に、複数の人間が同じ叫びを伴いながらそれぞれの役目を果たした。
 航海長は、『いっけぇー!』といいながら舵輪を思い切り時計回りに回した。昔の艦船と異なり、傍目にはおもちゃのように見える
直径30cm程度のステアリングに両腕の力をふんだんにこめる。
 航海班の別のクルーは、艦前部のバラストタンクを排水するのに使う圧搾空気バルブを力いっぱい押し下げた。発声された指示どおりに、
高圧の空気が海水で満ちたタンクにそそぎこまれ、水を本来それらがあるべき場所、海へと返していく。
飛躍的に比重が減少したカメハメハの前部は、アルキメデスの法則に従い上を向き始めた。
 水雷員は、艦の下方、ほぼ中央部に位置する2つのデコイ・ランチャーの扉を開け放つのにこのせりふを使った。
支えを失ったデコイはそのまま海底に落下する。海水が容器の中に進入し始め、
デコイの筒は内部に封入された金属が発生させる気泡とノイズを海中に振りまき始めた。

 無理な相談だった。魚雷の誘導装置に突如として架せられた、あまりに過酷な要求・・・・前方で土砂崩れのごとき騒音が発生しているなか、
スクリュウ音を聞き分けるなど。しかも、デコイまで使われているとあっては!
 イマージン反応識別も役に立たない。いまや目標艦をおおわんばかりの土砂のカーテンにはそれ自体がイマージンを含んでいると見えて、
魚雷の視界にはべっとりと濃い霧がかかったような反応が返ってくるだけである。だから・・・
 硬い金属のぶつかるような、かきーんという音が海底に響き渡った。
『前方の魚雷の命中音。艦体破壊音は確認されず』外れたのだ。
 OXX−1Bは、既に対抗策の立案を始めていた。程なく結論を得る。目標を覆っている土砂の嵐が沈静化するまでに自艦位置を静粛移動、
新たな射点を確保するのが適当である。だがその前に、敵の戦法分析のため、さらなるあの土砂の嵐を観測することが望ましい・・・・。
 OXXはその動きを早めた。スクリュウが力強く水を叩き始めたその体内では再び魚雷発射管にまがまがしい輝きの凶器が収められつつある。
 その瞬間だった。OXX自身が眼と耳を奪われることになったのは。

「1番魚雷の爆発音だ!」
「ひぃや・うぃ・ごー!」ソナーの報告に、間髪入れずに指示を下したミサは、声と同時にステッキをふり降ろした。
 断言して良い。様になっている。 
「OK,全速前進!突撃目標、OXX−1B!右舷下方、方位0−2−5」いよいよ、PAPがその名に相応しい俊敏さを見せ付ける時が来たのだ。
PAP即ちPoisson Auto Propulsie。
フランス語で“自由に動き回るさかな”を意味するこの小型潜航艇は、NATO規格はで世界初の、ドライタイプ高機動潜航艇である。
 一見、眠りながら海面を漂う仔鯨のような外見はユーモラスだが、その船体に秘めた能力は画期的なものだった。
 潜水艦救難艇のように、その下面にはあらゆる潜水艦規格のハッチに接続可能なマルチ・ハッチを備え、
コンパクトながらその船体には最大10名の特殊工作員を収容可能だ。両舷に備えられた加速用ブースターは単純に
Mk46魚雷を流用したもので、自由に切り離すことができる。さらに緊急時には魚雷そのものとして使用でき、さらに後方に3基の主推進器、
船体をぶち抜いて前後に備えられた垂直推進器、水平推進器が、今までの小型潜航艇では考えられない高機動性を保証する。
使い捨ての化学反応式エンジンが従来のバッテリ方式では考えられなかった電力を生み出すおかげだ。
 いわば水中の戦闘攻撃機。これが、カメハメハの切り札だ。
 だが、この艇を開発したメンバーの誰もが、こんな初実戦を考えていなかったに違いない。
 まさか、最初の敵が、よりによって同じ星条旗の元の艦だとは。
 まさか、最初の戦闘で、いきなりドッグファイトまがいの機動とは!
 まさか、最初の指揮官が、年かもゆかぬ少女とは!!
 まさかまさか、それが、魔法少女とは!!!
 その、常識はずれの、間違いなく最年少の戦闘指揮官が、無邪気に指示を出す。
「ミーの合図でピン1回、以下は速力ダウンしつつ、面舵いっぱい、OXXのバックへ!煙幕が効いている間に・・・つっこめーーーー!」

「やった、爆発音を探知!OXX−1B、1番魚雷の直上を通過した模様!」
 1番魚雷は、故障で沈んだのではなかった。途中で推進器を止め、イマージンを含んだ機雷として海底でじっと獲物を待っていたのだ。
OXX−1Bが真上を通過した瞬間、再び魚雷は目覚め、その近接信管を作動させたのだった。
 うおおっとカメハメハのクルーがざわめく。
それまでひたすらディスプレイを睨み続けていたクルーの一人が気色満面の笑みをバーンズに向けた。
バーンズは、だがその表情を崩さず、
「奴の真下で爆発したんだな・・・・副長、海水撹乱、どのぐらい保つと思う」
「最大、2分。ただ、魔法のほうは、見当もつきません」
「そうだな・・・パイレーツは、動いたかな?」
「・・・その心配だけは無いでしょう。あの小娘の、性格からいって」
苦虫を噛み潰したようにいうモスを、バーンズは面白そうに見やり、
「ほう、理解したのかね?」
 ・・・少なくとも、このモスの判断は、間違っていない。
 数秒後、カメハメハは再び前部タンクに注水をかけ、頭を下にしながら海底を目指した。速力と舵は維持している。

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「ロストしたですってぇ!」
ハンディトーキーの向こうの声は果てしなく苦い。
『台風みたいな積乱雲に突っ込まれたら、並みの戦闘機じゃ追尾はおろか近付くのだって無理だ。
ぎりぎりまでねばった連中を誉めて欲しいぐらいだよ、プロフェッサー』
鷲羽は一呼吸して気を落ち着かせると、向こうの声の主・・・
確か、元CIA特別作戦部長で、少し前まで極東に飛ばされていたはずの白服の男にわびると、本題を切り出した。
「桟橋のほうは、準備が出来ているのね?」
『ああ、ケースは全部搭載が終了、モノもちゃぁんと中に納められているよ。燃料もあと20分もかからないで必要な量は入るそうだ。
どうせ、ハワイの近場でやるんだから、それほどの量は必要無いだろう?
それと、アモルームにはちゃーんと“ついたて”をベニヤで組ませてあるが・・・・何に使うんだ』
「説明は後!」
『そういって今まで説明したことがあるかね君は・・・以前君が放りだしていった研究、継続にどのぐらい支障がでていると思っているんだね!』
 あの弟子には少し荷が重過ぎたかと一人ごちながら、
なおも糾弾を続けるハンディトーキーをフロントに放り出し、石化してるはずの少女に視線を移す・・・・
 確かに、砂沙美は凍り付いていた。ただ、それは鷲羽の乱暴な運転ではなく。
 少女の正面に現れた、“ビッグM”に釘付けになっているせいだ。
「せんせい、あれって・・・・」
「何に見える?砂沙美ちゃん」鷲羽はこういうときだけ見せる年齢相応の笑顔で話しかける。絶句したままの砂沙美に、あれに乗るのよと。
 
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 海中を、獲物を見つけた猛禽のごとく疾駆するPAPから、ブースターに兼用されていた魚雷が切り離された。
そのまま魚雷は進路を維持、一本はOXXの鼻面を捉え、もう一本は真上の至近距離で炸裂。
敵艦を包む海水のシチューをより煮えたぎらせ、ミキサーする。
「んっんっん、今日のミサは普段よりもかぁなりおつむがクロックアップ!タクティカルでインテリジェントなマジカルガールにイメージチェンジよ!」
 発言を態度できっぱり否定してみせているミサの足元から、パイロットの声がする。狭い艇操縦室内で、
腹ばいになって舵輪を握る彼は、ひょいと首を上げればミサを前下から見上げる格好になる。その誘惑に絶えながら、
「じゃ、その知的なところ見せてもらおうか。どーやって奴に取りつく?」
「もちろん・・・・えんふぉーす(強行突破)!」
「どこがインテリジェントだこら、言うてみい!・・・って、他に方法は無いか。
コパイ!マスカー用意しとけ!エンジン稼動させとけ、音は気にしなくていい!カウントは?」
 艇後部から1分前ですという怒鳴り声が聞こえた。
なお、この後、僅かな逡巡の後、顔を上げた彼の視界に移ったのは、視界いっぱいに迫る黒い革靴の底だった。

 OXX−1Bは、選択を迫られていた。
 一つは、一刻も早く現在地を全速力で離れること。眼も鼻もつぶれている現状では、
いったんこの騒音とイマージンの嵐と化している現海域から脱出するのが妥当である、という判断にもとづいて行動するのだ。
だが、それではエンジンの起動音を探知される可能性がある。それに、脱出したらいきなり敵の目の前でした、などという事態にもなりかねない。
 もう一つは、このまま現在位置にとどまり、嵐の沈静化を待つこと。魔法による攻撃ならばともかく、
通常の魚雷ましてや土砂程度ではOXX−1Bには傷ひとつつけられはしない。ならばここはいったん息を潜め、
敵を緊張で疲れさせてから再攻撃するのも一つの方法だった。
 OXXの、およそ軍艦にしては珍しい高スペックの指揮システムは、後者を選択した。
魔法によって“指揮支援システム”から擬似AIともいえる“指揮システム”へと進化をはたした、
それは当然の結論だったのかもしれない。過去の潜水艦戦闘のデータ、幾度も実施された訓練のデータの積み重ねが保存された
データベースから、最新の戦闘マニュアルにそって導きだされた結論なのだ。それゆえに・・・・

 反時計周りの回頭を終えたカメハメハは、速力を10ノットに増した。ありうべからざる、潜水艦のドッグファイト。
カメハメハはOXXの魚雷をかわし、敵艦の右舷を真正面に捕らえた!魚雷攻撃の絶好のポイントだ。
 だが、バーンズはただ手を前に振っただけだった。さらに増速。
その先に、OXXの後方上魚雷の代わりのように突進をかける物体がある。 

 PAP艇内は、喧騒の激しさを増している。だが、無秩序なものではない。信じられないことに、
悪役魔法少女の貫禄は文字通り海千山千の男達を見事に統率していた。その文法に少しあやしいところがあるだけだ。
「レディ、マスカー!」
「マスキング材準備良し、注水準備良し!」
うなずきと同時に、ミサは良くとおる声で
「エレベータ(水平舵)水平で固定!ライトON!」
 それまでソナーによって得られたエコーを元にポリゴン表示されていたモニターが実視界に切り替わる。
その強力さゆえに空気中では数分しか点灯できない(接点部が熱で溶けてしまう)単色灯は、
かき混ぜた味噌汁のような霧の向こうに黒い影が浮かんでいるのをはっきりと捕らえた。
「レディ、アサルト!」
「オールメンバーズ、コンディショングリーン。いつでもいけるぜシルヴァー!」
「目標との距離、100!こりゃほとんどニアミスだぞ!」
「おっけー、そのつもりよ!マスカー開始!」
「OK、マスカー開始!・・・タイミングはばっちりだぜ」

「機関室より艦橋、現在速力15ノット!予定に変更ありませんか!」
「変更はない、カウント15で機関停止、即座に逆進かける!同時にアクティブソナー発振、間隔は2秒!ダウン準備!」
バーンズの指示に、水測員と船務員からアイアイサーの返事が来る。バーンズは握り締めすぎて、
白くなりかけた指に挟んだクロノメータをみた。カウント、マイナス25、24,23・・・・・。 

 音も拾えず、イマージン探査は精度が信頼できない。
OXXに残された、しかし当面はあまり役に立たないはずのセンサが、けたたましい危険信号をうった。磁気反応・・・・
巻き上がった鉄分豊富な泥を通してさえはっきりと感じられる磁気を放つ、金属の塊。対象物の大きさを逆算するべく、
電子の流れが引き起こされ、結論が導き出された。過去の戦闘データと照合され、対象物の正体が割り出されたとき。
それはOXXを包み込む茶色のベールを突き破って、現れた。
 それ、アメリカ合衆国海軍原子力潜水艦カメハメハは、OXXの直上に現れたのである。 

「逆進、減速します!只今、OXXの真上、24メートル!」
「左舷前上方よりパイレーツ接近!ピッチ緩めつつ、敵艦の後方を取ります、速度そのまま!」
 会心の操船を果たした、航海班の誇らしげな声が響いた。もはや、大人しくしている艦橋スタッフはいない。
二人は、視線だけで意志を疎通させた。おおきくうなずくと、バーンズは下礼する。
「・・・・よーし・・・押しつぶせ!」
「アイアイサー!メインタンク注水、フル・ダウン!」

 両艦は接触した。
 カメハメハの船底が、OXX−1Bのセイルの上に乗り、圧縮応力を与え始める。
浮力を自ら失ったカメハメハは今度はニュートン力学が約束する重力のくびきをOXXに背負わせた。
そのままの姿勢で、OXXの腹が海底に押し付けられ、強固な艦体に張りめぐらされた消音タイルが、艦橋部分から歪み、
ひしゃげ、はじける様に離れていく。痛んだチーズのように表面がささくれ立ちはじめた。
今や、OXXは、フライ返しで押さえつけられたパンケーキのようなものだった。

「今だ!」
 マスカー開始。PAPの艇底部に備えられたマルチプル・ハッチの縁に開けられた無数の穴から、即硬化コーキング材が押しだされる。
成分的には市販の瞬間接着剤とさほど代わらない代物だが、特殊な形状のフィルターを通すことによって泡状で噴き出された
この化学材は海水から得た水分でたちまち凝固する。
「まるで、着艦だぜ!」
 確かに、OXXの後方から全速力で迫るPAPは、傍から見れば空母に降りようとする艦載機のような動きにみえるだろう。
だが、降ろすべき車輪も着艦フックも、PAPにはない。
このままでは、PAPは大人と子供ほどもウエイト差があるOXXに激突するだけだ。
 その為の、マスキングだった。過剰なまでに張られた化学材の層は、こすれ合うPAPとOXXの間でわが身を磨り減らせ
マリンスノーのごとき破片をふりまきながら、PAPの安全を得る・・・・
 OXX右舷後方、ほぼ水平からPAPは滑り込み、ミサの「らんでぃんぐ!」という歓声のもと、
全方位の推進器を小刻みに作動させながら、這うように乗組員用ハッチを目指す。その周囲を、大きな泡が取り巻き始めた。
OXXが急速浮上用タンクをブローしたしるしである。

 ***************************

「あれじゃないのかおい」
「そうだ、あのハマーだ・・・・みんな、降りよう。アテンション」
 時代物の構造物の中、白い海軍制服に身をかためた者たちが、桟橋に滑り込んできた車を見とめる。
一人が、マイクのスイッチをオンにし、最新のものに取り替えた外部スピーカに接続した。
 車から降りてくる人影は、小さい。無理も無かった。かれがいる場所は、ビルで言えば7、8階に相当する高みにある。
『艦橋より全乗組員へ!ゲストが到着された。手空きのものはエントランスに整列せよ』
『積載作業員はそのまま作業続行。燃料補給が終了次第、本艦は直ちに出撃する』
『機関チェック終了しました。最大速力発揮可能』
 開け放たれた窓から、見下ろした先にある人影をじっと見つめる者の口から、吐息混じりの声が漏れた。
「あの少女に、この艦を託すのか・・・そして、あの娘が、マンタと戦う・・・・」

 砂沙美は圧倒されていた。目の前に、巨大な灰色の壁がそそり立っている。
あまりの大きさに、その全体の姿は、近づくとかえってわかりにくい。
 壁に平行になるように設けられた、なんだか頼りなさげな階段を、見た。手すりから垂れ下がる横長の幕に、
アルファベットの羅列が並んでいる。英語は読めないが、鷲羽からそのアルファベットがこの船の種類と、名前を表しているのだと聞いていた。

 “USS Missouri BB−63”

 澄み切った青空を支えるように、現存する最大の艦主砲が、屹立している。
 半世紀にわたる、この艦の生涯。そのフィナーレを飾る戦闘が始まろうとしていた。
 魔法少女を、戴いて。 




<13>


 艦外の音をモニターしているディスプレイを流れる波形がいきなり跳ね上がった。大きく1回、続けて小さく2回。
「PAPよりコールです、パイレーツが斬り込み成功!」
「やったか!よし、このまま本艦は“重石”をするぞ」ゆれる艦橋に、ひときわ高い歓声が上がった。スタッフが手を打ち合わせたりガッツポーズしたりする。
 だが、バーンズの心中は、その表情ほどには晴れなかった。まだ、作戦の第1段階が終了したに過ぎない、そして、ここから先は自分にはさほど出来ることがないという現実が、彼の内心に不愉快な雲を作っていた。
 そう、ここからは、ミサに頼るしかない。

 Magic-Storm RISING Episode-13

 ぶひゅうという少し間抜けな音とともに、この深度で開くはずのないハッチが開いた。そこから身軽さをアピールするようなシルエットがいくつも降り立つ。
 迷彩とジャングルブーツで身を固めた一団に交じって、金髪に黒のぴちぴちボンテージがどうみても不自然なミサの姿があった。
「おっけ、ファーストシークエンス、こんぷりぃてっどってとこかな」
 全員がハッチをくぐりぬけて艦内廊下に乗り込んだのを見て、ミサは満足そうに腕なんか組んでうんうんとうなずく。
「とりあえず息をするに不都合は無し、と」
「もとはれっきとした有人艦だぜ?わざわざ空気抜くようなまねするかよ」
「消火用の不活性ガスぐらいは覚悟してきたぜ、ほれ」
そういって隊員の一人がガスマスクを放り、ひとつをミサに手渡そうとするのを、レザーの手袋がさえぎった。
「そんな必要、ナッシング!ガスをまかれても全然ノープロブレムよ」
「なぜ、そう言える?」
「・・・フル電子機器なお部屋ならともかく、従来タイプのスプリンクラーがあるのに、わざわざそんなリモデルすると思う?」
「艦のコンピュータが、ガス装備のある部屋のドアを開けた状態でガスを注入したらどうする?」
「ガスが薄くなって効果半減あらラッキーってとこね、にょほほほ」
 手をしなだれさせてわざとらしく笑うミサにあきれつつも、その状況判断の的確さに舌を巻く。ガスマスクをポーチにしまいながら、
「じゃ、予定通りだな?」
「イェーッス、ファーストペアはリアクターブロックに突入、問答無用で原子炉を閉鎖して動力をバッテリーに切り替えて!このままスタンピートを続けるようでも動力さえカットしちゃえばあとでどーにでも出来るわ」
「オーライ、シルバー船長」
 海賊どものアタマはやはりこの名前でなくっちゃね、とミサが突発的に決めたコールサインである。
「セカンドペアはミサイルコントロールを掌握、できればミサイルを海底にスルーしちゃって。どーせハワイ近海、あとで取りにこようと思えばなんとかなるでしょ?核だのなんだの危なっかしいもんはポイするに限るわ」
「オーケイ、しかし一番デンジャーなのは君のような・・・・」
「サードペアは魚雷発射管制室へ、コントロールを切り離してマニュアルへ。あと、いま余計なトークかましてくれた彼を発射管につめてシュートしちゃって」
「解った。おいこら逃げるなお前」
「ミーはホームズとブリッジを押さえる!でわ、れっつごう!」
「レッツゴー!・・逃げるなってこら」

「突入から2分経過。そろそろ、何らかの結果が現れるはずですが」
「OXXに変化は?」
「ありません。相変わらずタンクに注排水を繰り返しています。スクリュウもランダム回転中」
 要するに、なんとかカメハメハを振り落とそうともがいているのだった。海底が岩盤なのでOXX−1Bの背中にずっしりと圧し掛かっている格好になっているが、普通の海底質ならば艦ごと砂か泥のなかに埋め込まれてもおかしくない加重がかかっているはずだった。うまくバランスを保っていなければ簡単に振り落とされてしまう。
「こっちも職人芸見せてるな?今のうちに通信魚雷を発射しておく。発射管はスタンバイしておけ、次のアクションが終わったら発射するぞ」
「了解。1番に通信魚雷装填用意」
「右舷2番タンク注水、左舷1番ブロー。エアは大丈夫か?」
「そろそろやばいな。緊急浮上用のを使えばなんとかなるけど」
「通信魚雷、発射します」
「予備?使えるかばか」
「微速後退1秒、ったく接岸以外にこんなデリケートな操作する羽目になるとは」
「ぼやくなよ、俺なんて舵輪を握りっぱなしなせいで手がぬるぬるしてんだぜ」
「後でアルコールで拭いとけ、これ以上カビと親睦を深めたくない。お、なんだ?」
「しっ!」
 それまで私語を楽しんでいたクルーの耳に、聞きなれない、がっこぅんという響きが聞こえた。同時に腹にまで伝わってくる振動が、その発生源が間近に存在することを訴える。
「艦橋よりソナー、いまの音は何か?」
「ソナーより艦橋・・・これは、魚雷発射管の外扉を閉める音にそっくりです!」
「てことは・・・・」

「サードよりシルバー船長、魚雷発射管全門閉鎖完了、ここは押さえたぞ!こら逃げるな、オーヴァー」
「らじゃ!こっちもブリッジに着いたわ、これから逆クラック始めるから、とりあえず装填装置の電源だけオフにしたあとはファーストかセカンドのヘルプにまわってちょーだい、グッドラック!オーヴァー・アンド・アウト」
 手元のインカムに指示を伝えたミサは当然のように合皮張りの艦長席に滑り込む。手を伸ばして届く範囲内にあるスイッチを片っ端からオンにしながら、
「ファーストへ、グッドニュースよ。魚雷はフリーズしたわ!オーヴァー」
「オーライ、シルバー船長。こっちは切り替え作業中。ったくさすがにマニュアルのスクラム(緊急停止)コマンドは受け付けないか、艦橋からも停止指示を入力してくれオーヴァー」
「ホームズ?」
 ミサはコンソールに取りついた隊員に視線で問うた。だが、キータッチを続けていたホームズはそれに両手を上げて応える。
「ソーリー、まだそこまで押さえられていないわオーヴァー」
「わかった、とりあえずそんなとこだ、また連絡する。グッドラック、オーヴァー・アンド・アウト」
「グッドラック・・・さてとホームズ、調子どぉ?」
 席を離れ、一心不乱にキータッチを続ける青年の手元を覗き見る。ディスプレイに表示される抽象図形の意味はミサには正確にはわからない。画面中央にべったりと広がる青い染みのようなものに、赤く細長い三角形がつんつんとつついているぐらいの印象しか持ち得ない。
「今、かたっばしから穴を空けにかかってる!」
「がんばってね」
「で、かたっぱしから塞がれてる!」
「あら・・・で、クリアできそう?」
「あとコインが10枚欲しい!」
 笑いながらハリセンでホームズを思い切りどつくミサ様であった。
「あと1ミニッツでクリアできなかったら、ICカード使うから、ハイ?」
 電子音に応えるミサの耳に、ミサイルコントロールルームからの興奮した声が入ってきた。
「セカンドよりシルバー船長へ、ミサイル発火機構の凍結完了、オーヴァー!」
「シルバーよりセカンドへ、ミサイル発射はフリーズしたのねオーヴァー?」
「セカンドより、ミサイルは推進系を全凍結、発射不能だ。自爆ならばできるが、それは艦のほうでキャンセルできるはずだ。艦の側のコントロールは生きてるから、投棄できるぜオーヴァー!」
 潜水艦から発射されるミサイルは、圧搾空気でランチャから海中に押し出されて、その後でロケットモータに点火して海上へと飛び出すシステムである。ミサイルの発火機構とはこのロケットモータを指し、艦のコントロールとは圧搾空気による射出を意味する。つまりこの状況ならばミサイルを海中に放り出しても、それが発射されることはなく、そのまま海底に沈んでいく。
「グッド!それじゃ、ほわっと?!」
 その瞬間、OXX−1Bとカメハメハのクルーは象の目覚めのような揺れに見まわれた。

前部タンク注水、後部タンクブロー、スクリュウ逆進。潜舵水平で固定されたOXXがつんのめるような格好になり、艦尾から浮き上がり出す。急激過ぎるダウントリムに、管制コンピュータが警告を出すのを無視して、OXXは無茶な姿勢をエスカレートさせた。ほとんど海底へ突っ込むような姿勢で、ペラの推力だけに頼った強引な浮上を試みた。限界まで浮力を手放したカメハメハの努力を文字通り振り払うべく。
 ミサたちを見舞った衝撃の正体がこれだった。安全規定を鼻で笑い飛ばす無茶なマニューヴァは、艦内のパイレーツをシェイクし、カメハメハクルーの少なからぬ数をシートから放り出し・・・・・自身そのものを、8250トンの栓から解き放ったのだった。

 カメハメハの艦橋にいた全員が、足元から響いたその揺れを感じた。続いてすり硝子をこすり合わせるような気色悪い音が響く。
 その音が何を意味するのか。クルーのうち察しの良い幾人かは、直後に生じた、エアポケットに入り込んだ飛行機の機内にいるような感覚から直感し得た。
「OXXが、すり抜けました!」
「・・・・やつは、曲芸みたいな操艦をしやがった・・・」
「艦橋より機関室、全速発揮!やつを追尾する!ソナーは直接、操舵にデータを送って良い」
「機関始動、カメハメハ発進!始動後1分で最大速に達せよ!」

 *********************

「ようこそ、ミズーリへ。歓迎する」
 白い制服の集団から、一人だけベージュのボーイスカウトのような長袖を着込んだ初老の男は、流暢な日本語で砂沙美に握手を求めてきた。砂沙美はそのがっしりとした手を握りながら、始めてみる戦艦の昼間艦橋の内部を見渡した。中央に置かれた(というより据えられた)司令搭のせいで、やたらと狭く感じる。
「状況は、承知してくれているの?艦長」
 鷲羽にとっては前時代物としか思えないメカニック類を一瞥し、単刀直入に問う。
「我が無敵のタスクフォースが、たった1機と1艦の翻弄されておる事実ならば。でなければわざわざ」彼は目を閉じ、自分に向けて語りかけるかのように言葉をつむいだ。
「わざわざ老骨にお声がかかるまい。私にも、このフネにも・・・・ああ、そうだ、ささみ・ちゃん、だったね?嬢ちゃんに、グッドニュースが一つある」にやっと白い歯をこぼしながら、言った。
「OXX−1Bと交戦中のカメハメハだがね。つまり君の親友がいる艦だが」
「ぶ・・・無事なんですか?」
「P3Cオライオン対潜哨戒機が探知した。驚いたことに、OXXの野郎をカメハメハが全速で追いかけている形になってる。何回か爆発音も探知されているし、OXXの速度から見て、何らかのダメージを与えたのは確実だろう。針路は、こうだ」
 そういって、艦長はさらさらと白海図に手書きで紅い線をひっぱった。
「これって・・・・」
「そうだ。赤い布を見たブルみたいに、一直線にこちらに向かってる・・・・」
 彼は、そこで正面から砂沙美を見据えた。
「すまないが、ガール。合衆国海軍を代表してお願いする。この艦で、ブラックマンタを、撃つ。協力してくれ」
 その目は、優しいが、真剣だった。
 だが、砂沙美の心は、既に決まっている。
 わかったのだ。
 美紗緒も、闘っているのだ。暗い深海で・・・・。そしてえ、勝とうとしている。
 もうすぐ、OXXに勝った美紗緒ちゃんが、帰って来ると言うのに。
 帰ってきたとたんに、爆弾やミサイルが、ブラックマンタから投下されたら・・・・。
 そんなのは、いやだ。
 そんなことは、させない。
 砂沙美は、サミーは、ブラックマンタになんか、負けない。
 勝って、美紗緒ちゃんに、会うんだ。笑顔で。
 砂沙美の心は、決まっていたのだ。だから。
 少女は、静かに、頷いていた。 

 がつーんという重々しい音が響く。扉そのものが10センチ単位の厚さを有する鋼鉄製であることを証明する響きだった。少女をここまで案内してきた士官がうやうやしく室内を指差した。
 本来ならばちょっとしたパーティを開けるほどのスペースを持つはずの室内は、積み上げられた十数個の木箱によって実際より遥かに狭く見える。隙間だらけの檻のような木箱に透けて見える物体を、砂沙美は近づいて覗きこんだ。
「これ、かぁ・・・・」
「はい、これであります。お願いいたします・・・・終わりましたら、内側から扉を叩いてください。直ちに、お開け致します」そう言うと、士官は砂沙美にびしっと敬礼し、扉を閉じた。
 音一つしない密閉空間に、砂沙美と魎皇鬼だけが残される。

 後に士官が語ったところによると。
 中から少女の声がした瞬間、彼は確かに扉がわずかに膨らみ、隙間から射し込む光を見たと言う。
 そして、扉自体も、わずかに光の粒を纏ったように見えたと言う。
 ともあれ、この瞬間、戦艦ミズーリは全ての出撃準備を完了したのだった。

  *************************

 OXXのアップトリムは既に50°を超えていた。感覚的には垂直に近い傾斜だ。ミサたちはそれぞれの位置で、思い思いの格好で踏ん張りを見せていた。
 軽々とした動作で、跳ねるように艦長席に戻ったミサがインカムに叫ぶ。椅子に沈みながらも仰向けになったその姿勢は、打ち上げを待つ宇宙飛行士のようだ。
「シルバーよりオールグループ、怪我人をカウント、報告、オーヴァー!」
 即座に返答が来た。
「ファーストよりシルバー、怪我人無し!但し作業は中断、原子炉は依然稼働中、オーヴァー」
「セカンドよりシルバー、怪我人無し!ミサイルはNUKE(核)は全弾放出するも、通常弾頭の対艦用4発があり、オーヴァー」
「サードよりシルバー、怪我は二人ともコブつくった程度だ。どうするオーヴァー」
 ミサが迷ったとしても、それは一瞬だった。
「シルバーよりメンバーズへ!リアクタースクラム(原子炉緊急停止)を最優先、サードは可能ならばファーストに合流。セカンドもこれ以上のミサイルリリースが無茶なら、作業を放棄してファーストに合流して!シルバーはこれよりアドミラルコードを使う!オーヴァー・アンド・アウト!」
 ちょっと待てだの何だのとわめきだしたインカムのスイッチをオフにし、ミサはブーツから一枚の白い樹脂製のカードを取り出した。テレホンカードとほど同じサイズながら、2ミリほどの厚さを持つそれには、表に1センチ角の金色にコーティングされた箇所がある。樹脂に直接、ROMが焼き込まれているのだった。
 ホームズは、カードがミサの手の中でなぜか薄紫色に輝き始めていたことなど、知る由も無かった。

 **************************

「機関始動!電力、艦内供給に切り替え!」
「タラップはずせ!舫とけーっ!」
「錨を上げろーっ!」
 桟橋に巨体を繋ぎ止めていたものが、ほんの数秒で取り外された。数年の眠りを経て、再びミズーリが本来の姿を取り戻した瞬間だった。小型の引船が、その鼻面を押し付けて桟橋から艦体を引き剥がす。
 桟橋から10mほど離れたところで、4基備えられたその巨大なスクリュウが海水を叩き始めた。わずかな回転数でもすさまじい推力を約束するスクリュウ、最大速力32.5ノットで、45000トンの巨体に覇者の健脚を与える。 
 ゆっくりと海面を滑り始めたその艦のなかでは、指示と人と物がせわしなく行き交っていた。
「微速前進、0.5」
「左舷、アリゾナメモリアルを通過します」
「艦内気候のチェックを急げ」
「使用可能な全通信回路オープンせよ」
「航法ジャイロ、GPS整合確認よし」
「射撃管制システムを点検。#1よし、#2よし、#3作動不能、#4カット」
「現在、補助エンジンの出力、最大」
「・・・・本艦、まもなく出港水路へ進入」
 やがて、ミズーリは左舷に、かつての仲間の姿を臨んだ。戦艦アリゾナ・・・今だに油を海面に流して泣きつづける姿に、汽笛で答える。そしてその汽笛は、同時に作戦の始まりを告げるゴングでもある。仔を集わせる母獅子のように、後方から十数の駆逐艦、巡洋艦を従えて、ミズーリは最後の戦場へ出航したのだった。




<14>


ミズーリを中核とした艦隊は、出撃後の針路を南南西にとった。これは、ブラックマンタの最終目視ポイントからハワイへの一直線上から、やや南に傾いたコースである。
 目的はただ一つ、ブラックマンタを少しでもハワイ本島から離れた位置で迎え撃つため。
 先頭に、戦艦ミズーリ。その左右斜め後ろ方向に、笠のようなラインを描きながら巡洋艦と駆逐艦が並び、第1陣を構成する。さらにその後方に、やはり巡洋艦と駆逐艦からなる第2の笠陣が続く。その速力は実に30ノット。ほぼ全速に近い・・・・・・。
 今、砂沙美は、その艦隊の姿を肉眼で見ることが出来る場所にいる。

 Magic Storm RISING  〜Episode 14〜

 ミズーリの艦橋内には、もう一つの構造物、司令搭がある。ほぼ中央部におかれた巨大な円筒形の物体、戦闘時にはこのなかから艦を操作し、発砲の指示を出す。艦橋は戦艦の頭脳といわれるが、さらにこの司令搭はまさしく中枢といえる場所だった。それだけに守りは強固で、その装甲盤の厚さは40センチを超える。
 無論、別に艦内CICも設けられている。そこには鷲羽が数人の幕僚といっしょに篭って幾多のデータ処理やリンク作業を行っているはずだった。司令搭にいるのは、艦長を始めとする幾人かの幕僚達。そのなかにはミズーリ艦長ならぬ館長になるはずだった人間もいる。
「では、司令部より発せられた、作戦の内容を確認します。当作戦は、現在本艦に乗り込んでいるプロフェッサー鷲羽の全面協力により立案されたものです・・・・」彼女は、作業の片手間にインカムを通じた声だけで会議に参加している。
「まず現状ですが、敵機ブラックマンタは捕捉できず、最終接触から間もなく2時間が経過します。行動半径から考えて、マンタが経済速度で巡航したとすれば、最短ルートであと30分でハワイ本島に到達、そこで本艦は、島の南西海域に全速で進出、極力離れた海域で迎撃戦闘を行います」
 指令塔に急遽運び込まれた大型モニタに、分割されたいくつかの映像が浮かび上がる。先のキティホーク艦載機との交戦シーンやミズーリの航路表示に交じって、作戦経過を抽象化したフレーム画像が明滅していた。
「………言葉は悪いですが、彼女には標的になってもらいます。ブラックマンタの」

 艦の速力が産み出す合成風力は、砂沙美のおさげをほとんど水平に吹き流しのように靡かせていた。息をするのも難しい。
 ここの高さは艦橋のさらに上、マスト頭頂に近い。檣桜の上部に据えられた測距儀を眺める、かつては対空捜索レーダアンテナが備えられた場所である。退役時にレーダは取り外され、今装備されているダミーを整備するためにキャットウォーク(足場)が残されてはいるものの、ビル十数階分の高さに吹きさらしは大人でも怖い。
 傍らの軍曹が砂沙美の腰に手を回し、無粋な彩色の高所作業用安全ベルトを二重に巻き付けた。さらにランドセルのベルトのように肩にもベルトをくくりつけ、腰の後ろで固定する。固定部からの延長分を念入りに足場の柵に結わえながら軍曹は怒鳴った。
「いいか、風にあおられてもあわてないでいい!こいつは君の国で造った化繊のベルトで、象を家族ごと持ち上げても切れない保障付きだ!あわてずに宙ぶらりんになっていろ、絶対に何かにしがみついたりしようなんて思うな!」
「はい!」
「下手に何かに触れたら、そっちのほうが危ない!風との摩擦で、どこもかしこも静電気をたっぷり持ってるからな、下手するとしゃれにならない感電だ!よし!」
 ぐっぐっと力を込めてベルトの固定を確認すると、少女に親指をあげてみせる。ややぎこちなく、砂沙美はそれに応えた。
 少女の間近に顔を顔を近づけて、軍曹は言った。
「すまんな嬢ちゃん!」
「え?」
「くだらねぇ後始末の手伝いさせちまって、すまねぇ!本当なら、あんな馬鹿ヒコーキ造った奴ぁ引きずり出してやりてえがな!」
「…………」
「大人
「………砂沙美はね、今、あの………」
『砂沙美ちゃん、聞こえる?』
割り込んできた、鷲羽の声。電源入れっぱなしのインカムに、砂沙美は反射的にはいと答えていた。
『予定が早まりそうなの………頼むわ!』 

***************************

 床が壁になる、アップトリム45°は、人間にそんな錯覚をもたらす傾斜だ。
 ミサはロッククライミングの要領で元々足がかりになりそうな突起が多い床面を登り、ホームズがタッチを続けるシートのとなりにやってきた。手近なバーをつかんで軽い体を安定させる。
「タイムアップよ、コードを使うわ!」
「無茶だミサ、同時にフォローなんか出来ないぞ!」
「もう、ちんたらハッキングなんてソーレイトよ、ここからのダイレクトコマンドでボートまるごとエマージェンシーモードにするのが一番安心確実高利回りで皆さん納得!」
「だから、もしキャンセルされたら、コマンドできるルートが全部ふさがれる、自閉症モードになるぞって、頼むから聞いてくれおい!」
 聞いていなかった。
 ミサはホームズの横から腕を伸ばし、ちゃかちゃかと手早く画面をアドミラルコード入力に切り替えた。一瞬のふらつきの跡、合衆国海軍のシンボルマークが明滅し、3行のバーが中央にそっけなく映し出されるのをみて、ホームズは表情を凍りつかせた。
 自爆だの戦略攻撃だの暴走だのといった物騒極まりないメニューの中から、原子炉凍結と攻撃システム凍結を選択する。確認指示のあと、“20秒以内にカードを所定のスロットに挿入せよ”のメッセージと共に、それだけが凝ったデザインになっているカウントダウンが現れた。
「グッド・・・・・」ミサの目が、少し細くなる。留魅耶が見たなら、そこに自分の姉の表情をだぶらせたかも知れない、目だった。

 サードペアがなんとか原子炉区画への進入を果たしたとき、ミサイルの投棄をあきらめて一足先に合流していたセカンドとファーストは本来の仕事を放り出しているかのように見えた。彼らが格闘していなければならないはずの原子炉の操作パネルはほったらかしにされ、艦橋からの全てのデータの入り口になるリレーユニットに全員が張り付いている。
 サードはその行動の意味を瞬時に把握した。
「コードはうまく入りそうか?」
「サードか?ああ、じゃじゃ馬っ娘の言うこと聞かないと困るんでな」
 そう言いながらも手は休めない。
「アドミラルコードをキャンセルしかねないってか・・・・どこのどいつだ、んな面倒な設定考え出したやつは」
「陸に上がったら全員袋叩きにしてやる、よし、ワンツーよりシルヴァー、考えられ得るブロックは全て外した、ぶち込んでくれオーヴァー!」

 ホームズは見た。カードはミサの手にはなく。
 それは、ミサが持つ弧月刀のようなステッキの先端に、何故か張り付いていた。
 ミサはそれを、正確にワンアクションでスロットへ突き刺し、叫んだのだ。
 それがどんな意味の言葉なのか、彼はまだ知らなかった。だから、その瞬間、ディスプレイが形容しがたい輝きを見せたことに、さほどの不思議を感じなかったのだった。
 ごく当たり前の、コード入力成功の証だと思い、安心しただけだ。

***************************

 戦艦が、一つの生き物になっていく。

 司令塔の中は燃えていた。参謀達の声がだんだんと必要以上のトーンを含み始め、幾多のデータが処理されている。
「ヒギンズ、取り舵20、19ノットに減速!オカーン、面舵20、22ノット!」
「各艦、速力3分の2!SAM(艦対空ミサイル)発射準備完了しました」
「14及び18全機、全周索敵配置につきました」
「対潜哨戒は?」
「P3Cが20機、3交代で準備してます。攻撃はシーホークも待機中です!」
「OXX−1B、カメハメハは?新しい動きはあるか。CIC?」

 同時刻、CIC.
「予定が早まりそうなの、頼むわ!」
「ここ、電圧来てないわよ!早く!」闇の中、紅い蟹が動き回っていた。
 CICの冷やされきった空気の中では、極端に落とされた照明の中で各々が仕事をこなしている。今回、主にミズーリの戦闘指揮は艦橋の司令塔で行われる。CICの主な役割は、他の艦艇や航空機とのデータ交換や分析である。
 先にもあったとおり、今のミズーリには本格的な射撃用レーダなどが全く装備されていない。現役からはずされた際に他の艦艇でも使用可能なミサイルランチャーやバルカンファランクスなどといっしょに取り外されてしまっており、今あるのは主砲以外はほとんどダミーである。
 従って、ミズーリ単艦では戦闘能力はほとんど発揮できない(敵捕捉や照準が出来ない)。巡洋艦や航空機からのデータ供給がなければ、自慢の40センチ砲がただの鉄パイプと化してしまうのだった。
 本来ならば、設計当初の段階で全く考慮されていないデータ網に対応するためのハード・ソフトなど、一朝一夕で出来る話ではない。鷲羽先生とおかかえのPOWERHEARTあっての荒業であった。
「各砲弾の重量計測は装填途中に行うから気にしないで、各砲塔にはそう伝えて、わかった?」

 そして。

 少女の眼下では、相変わらず海が裂けていた。
 大きな波は艦首を乗り越え、甲板上を流れていた。一番前の砲塔にぶち当たりようやくその勢いをそがれて、力尽きたように左右にわかれて再び海へと戻っていく。
 砂沙美はゆっくりと、眼を開いていた。迷いは無かった。
 手首にからませたバトンは、いままで幾人の人の、“幸せになる手伝い”をしてきただろう。だが、今、少女の胸の内にある想いは、それよりも遥かに単純で、素朴で、強烈なもの。
 大事に友達に、会いたい。守りたい。いっしょに、笑いたい。
 それだけだ。
 少女は叫んだ。力をこめて。
「プリティー・ミューテーション!………マジカル・リコ−−−−−ル!」
 ………それは、“想い”の奔流だった。

「あ、あれが、魔法か!」
 そのパイロットに見えたのは、薄桃色の光の龍が天空に昇るような様だった。慣れ親しんだ戦艦のシルエットから、神々しい光の束が放たれている。
 後席で、肉眼以外の全てを開いてそのさまを追っていた士官が、悲鳴のような声をあげた。
「馬鹿な!あれだけの光量が、熱反応もガンマ線も無い?」
「計数管も黙ったまま、磁気測定も重力偏差も歪みは無い!・・・・・・純粋に、エネルギー変換を行っているというのか?」
「これじゃ、なにも記録できないぞ・・・・・これが、魔法、なのか!」
「だめだ、レイヴン程度のセンサじゃよけいなもん拾って酔っぱらうだけだぜ。あとでジョイントスターズのレコーダに何が残ってるか、見物だなこれは」
 だが、結局、この光について定量的なデータを収集し得た電子偵察機も情報収集艦も、全く存在しなかったのである。
 ただ一つの、例外を除いて。

 膨大な自然放電越しに、探し目指していたものが突然現れた。
 凄まじいばかりの、イマージンの噴出。活火山のごとき勢いで、盛大に吹き上がる魔法粒子を、人ならざる者の手で与えられた眼ははっきりと捕らえた。
 目標は、見定めた。攻撃、開始である。

 戦艦のマストから噴出したピンク色の光芒。
 妬かれた眼を、さらにこらすと、光の柱のなかに少女のシルエットを見とめたはずだ。脚を上げ、指を頬に当てる個性的極まるシルエット………。
 これが、米海軍の世紀末救世主たる、魔法少女プリティサミーの。
 そして、人類史上最後の、戦艦の活躍の。
 伝説の始まりであった。
 開幕を告げるのは、凛とした、しかし優しさと可愛さをも含む少女の声。
「ハイテク攻撃なんのその!魔法少女プリティサミー、艦隊ひっさげ参上です!」
 
***************************

 男達がひしめく室内の色が、オレンジ一色に染め上げられた。比較的目が疲れないようには配慮されたその色は、“長く続く非常事態”が発生したことを意味している。女性の声で再現されたエマージェンシーの繰り返しがそれを肯定していた。
 アドミラルコード発効。原子炉緊急停止シークエンス開始。彼らは不格好な態勢のまま如何にもアメリカ人らしい大げさな身振りで歓声を上げた。
「ミサイル入力ライン、カット確認!」
「緊急停止が………かかるぞ!5,4,………」
「バッテリチェック、よしこい!」
「3,2,1、………やった!え?」
 狼狽の元は、ディスプレイの中に点滅する、決して並んで示されるはずのないメッセージ。 
“SCRAM(原子炉緊急停止措置)”
“OVER-RUN(暴走)” 




<15>


 砂沙美がサミーへと変身する際に発生する膨大なイマージンの放出により、ブラックマンタをおびき寄せる………幼気な少女を文字通り餌とするこの戦法は、恥ずべき物であることに違いない。
 だが、他に方法がなかった。
少女を保護しないわけにもいかず、また最高機密であるブラックマンタは確実に回収または徹底破壊されねばならない。
複雑な“大人の事情”というしがらみが、結果的にこの状況を生みだしている。
 だが、しがらみを、ただあきらめて受け入れるのではなく。
 少しでもあらがおうとする大人も、結構いるものなのだ。
 特に、愛くるしい少女の前では、少しばかり良い格好をしたくなるではないか………。

 Magic-Storm RISING Episode-15

 敵に対して唯一有効なセンサ、MK−1アイボール(つまり肉眼)は、それが積乱雲から飛び出してきた瞬間を全くの偶然に捉えた。
「ビンゴ!こちら第5小隊2番機、マードック。
目標探知!ブラックマンタはミズーリより方位2−0−0、距離180より接近中!速度460ノット、之より追尾開始。
集まれ!」
 複数の了解の声が、彼のレシーバを震わせる。
「報告、マンタはみたところコックピットグラスは細かなひびが入っているが、他に目立った損傷は確認できない。
何らの電波も発していない、か………信じられるか」
 マードックは自機をマンタの後ろに導きつつ、後席のレーダ士官に苦り切った言葉を吐きかけた。
通常の空中戦ならばチェックシックス、相手を撃墜したも同然の位置である。
「綺麗さっぱりなんの反射もない。
いやっつーほどマイクロ浴びせれば発熱するかもしれねーが、つくづくステルスってのは厄介だな」
「おまけに頑丈極まりないときた」言葉と同時に、サイトに収まっている横長の機影に20mm弾の奔流を浴びせかける。
が、命中したそのことごとくは怪しい色の火花を黒のボディに飾らせただけだった。
「なあ………魔法少女とやら、俺は会ったことがないんだが」
「俺だってない。
だいたい見せ物以外のマジックなんて物は近づかないんだおれは。
死んだ婆さんの遺言でな」
「もし、年端もいかない嬢ちゃんが、あのマンタの装甲をぶち破れるんだとしたら……俺達、どーしたらいいんだ?」
「………俺が知るかい。
よおし、みんな集まってきた」

 竜巻のような光芒が途切れ、マストの上に現れた可憐な姿。
 光のカーテンに見え隠れしていた青髪に花飾りが現れ、アメリカ人にもそこはかとなく和風とわかるような和服、上半身とはミスマッチながら無敵の健康さをアピールするミニスカートと脚を包むブーツ。
額にタトゥが刻まれるまでの時間は、僅かに0.05秒に過ぎない。
この僅かな時間を直視した幸運に恵まれた人間の脳裏に何が残るかは、その人間の普段の意識と行い次第だ。
 ともあれ。
 魔法少女プリティサミー、南太平洋に見参である! 
 
「シエラ5−2!ターゲットに接触!トラポンをモードCに固定しました!」
「来たかっ!ベクトルデータ解析急げ!」
 マードックの報告受信と同時に、ミズーリを始めとする全艦艇のCICが活気付く。
「各機へ、対マンタ戦闘は別令あるまで禁止だ、触接のみに専念せよ」
「全艦、対空戦闘用意!艦内閉鎖確認及び甲板上退避を確認せよ」
 最近の艦艇が対空用レーダを作動させると、甲板にむき出しでいた人間は膨大な量のマイクロ波を浴びることになる。
さすがに電子レンジのように焼かれることはないものの、人体に与える影響はろくなものがない。
これを避けるため、レーダ作動中は全員が艦内に引きこもることになっている。
   1分後。
ミズーリから全艦艇に改めて警報が発せられた。
刻々と入ってくる位置データより、マンタの予想針路が算出されたのだった。
「砲撃予定時刻、プラス40セコンド。
各艦、規定の行動を遵守せよ!」
「駆逐艦がアタックポイントから離脱します!」
「魔法少女は?サミーは?回収準備怠るな!」

雲塊から抜け出た漆黒の翼は、人ならざるものにより与えられた狂暴な意志を目覚めさせつつある。
<ウエポンベイ、オープン>
<サーチスタート。ターゲット位置、精密捕捉。目標、アイオワ級戦艦>
<兵装選択1、レーザ誘導爆弾GBU−28>
 相手が潜むものが戦艦であると判断した時点で、ブラックマンタは使用兵装を、自分が腹に収めているなかで最も強力な装甲貫通力が与えられた、だがただの一発しかない爆弾を選んだ。
ディープスロートと俗称される、元は曲射砲の砲身であった金属パイプに4700ポンドのトリトナル火薬を積めこんだこの爆弾は、22フィートの厚さの強化コンクリートをぶち抜いて内部で炸裂する能力を持っている。
強固な地下施設にまで届くこの弾頭ならば、戦艦の装甲にも有効と判断したのだ。
<兵装選択2、レーザ誘導爆弾AGM−130>
 こちらは、割とオーソドックスなレーザ誘導爆弾だ。
<兵装選択3、レーザ誘導爆弾AGM−130>
<攻撃目標確認。
目標、イマージン反応流出ヲ確認>
<照合完了、ターゲット、S・A・S・A・M・I。
破壊セヨ、破壊セヨ、破壊セヨ>

「艦橋よりサミーへ。
大丈夫か?」
 まさにトップと呼ぶにふさわしく、今のサミーは命綱で建築途中のビル鉄骨に立っているに等しい。
大の大人でも、隙間だらけの脚もとをのぞき込めば、気を失っておかしくない高さだ。
「大丈夫です」
「……すまん、収容してあげたいが、時間の余裕がない。3回、いや、2回でけりを付けるから、なんとしても耐えてくれ!」
 はい、という少女の声に、司令塔内の者は一様に心を痛めていた。
だから、自然に部下達への命令は焦りを含んだ叱咤に近くなる。
「………全砲塔、装填完了!射撃管制システム連動確認」
 生き物のように、砲塔が旋回をはじめ、鎌首をもたげた。
正確にその角度を45°にとり、最大射程を狙う。
方位は左舷前方、やや後ろ寄り。
「ブラックマンタの疑似データをよこせ!照準だ!」
「マンタ、左舷前方3−0−5より接近中、爆撃態勢に入った模様!第1次防衛ライン突破!」
 その瞬間、CICの片隅で、POWERHEARTは満足し得る砲撃タイミングの算出に成功した。
液晶ディスプレイに派手な”Let’s Fire”の文字が踊る。
 そして。
 夕暮れの紅の中、不気味な影を海面に投げかけていた戦艦のシルエット。
その周囲が突然閃光で満たされた。
先ほどと異なり、この閃光は毒々しいほどのオレンジ色で、直下型地震が伴うような轟きをもたらした。
ミズーリの持つ45口径406ミリ砲が、9つ同時に咆哮した証だった。
 全門斎発。
強烈極まる反動は水圧装置でも全てをキャンセルすることは出来ない。
コンマ数秒のタイムラグを置いて、サミーは激震にさらされる。
 視界が上下左右にシェイクされるのを感じながら、サミーはたったいま片道飛行へと旅立った砲弾に想いを巡らせていた・・・・・。
 
「プリティ・ミューテーション・マジカル・リコール!」
暗闇に近かった室内が明桃色に照らし出された。
「んでもってちゃっちゃとプリティ・コケティッシュ・ボンバー!!」間髪入れずにバトンの先端から放たれたハートの固まりが、照らされていた円錐形のような物体に吸い込まれるように消えた。
何かの在庫のように積み上げられたそれは、全部で45個。
「はい、おっけー。
ご苦労さま!」とワンシーン撮影った映画監督さんのようなせりふを言いながら出てきた鷲羽先生は、ぱちんと指なんか鳴らして見せた。
それまで単純に積み上げられていたはずの物体が整然と動き出す。
円錐は、止まっていたベルトコンベアのようなものに置かれていたらしかった。
 ごうんごうんと響きながらスライド移動していく物体を見ながら、サミーは鷲羽に問いかけた。
「いわれた通りにしましたけど・・・・どうするんですかあれ?」
「聞きたい?」その質問を待っていましたとばかりに満面の笑みを浮かべたマッドサイエンティストが、魔法少女の顔を覗きこむ。
サミーには、鷲羽先生がこうゆう笑い顔をする時にはたいていろくなことがないことが身にしみている。
お約束な形の汗を後頭部に浮かべながら、それでも僅かに首を縦に振って見せた。
「これが切り札、マジックカートリッジ弾よ。
消去法で考えれば、電波のみならず赤外線もカットするような高性能ステルス機では誘導兵器はそれ自体が意味を成さないから直接物理的な衝撃を無誘導で与えなければいけないわけだけれども通常の対空砲ではレーダ照準が殺されているからどのみち発砲できないし戦闘機からの機関砲攻撃も非常識な装甲盤のせいで全く効果ないわけだからどうにかして大威力の魔法をふくんだ弾頭をぶつけなきゃいけないわけ。
本当ならば本物の対空榴散砲弾が欲しかったところだけれどもいかんせん前大戦以後にそんな兵器があるわけじゃないし、しかたないからケースの中身はハワイの工場や整備場からかき集めてきたボール・・・・って何踊りだしてるのサミー?」
「い、いや、その余りにも聞きなれない言葉ばっかりだったもんで・・・・いつものことだけど」
「そう?軽金属分子無限加速砲だの硬X線ビーム砲だのよりはよほど単純な、古典物理に基づいた代物なんだからな」
「そんなものと比べないで下さい!それに、あと、このスペシャルってのは・・・・?」
「ああそれね。
その奥に別の砲弾があるから、それにやっちゃって頂戴。
まあそんなの、使わないに越したことはないんだけどね」
「やっちゃって頂戴って・・・・・」サミーは、自分がこれからすることに、そこはかとない頭痛とと恥ずかしさを覚えて、深い深いため息をついた・・・・・・

「・・・・本当に使わないといいけど」
 ようやく揺れがおさまりつつあるマストから、サミーは一人ごちながら、彼方へと飛び去っていく砲弾を眼で追う。
すぐにそれは、芥子粒以下になり、空に溶けた。

************************************

 悪い夢を見ているようだったと、後にその海兵隊員は語る。
 アップトリムはすでに50°を超えていた。
 原子炉暴走。原子炉の停止。相反する内容の、しかしともに原潜にとっては致命的な事態の発生を示す警告に気を奪われていた彼の耳に、重い音が響いた。
決して等間隔ではない、しかし同じ音質が、電子音の向こうから響いていた。
『隔壁閉鎖開始』
「……嘘だろ、おい。
セカンドよりシルバー、聞こえるか?」
 事態を理解していないのか、あいかわらずハイテンションなハスキーボイスが返ってきた。
「こちらシルバー。
シチュエィションは」
「十分すぎるほど理解しとるわ!どうやらこっちのおつむは完全にイっちまったらしい!」
「シルバーよりパイレーツメンバーズ………これよりOXXは緊急浮上、浮上後、メンバーズは直ぐに総員退艦!ディーゼル起動後、セイル後部の緊急脱出用ハッチを!」 「分かった、妥当な判断だ。
一人艦橋へ向かわせるから、君も脱出しろっておい、冗談じゃないぞこのがき!切りやがったのか」

 あまり上品とは言えない単語を連発し始めたスピーカのスイッチをきり、ミサはホームズに口を開いた。
「ホームズ、ユーは直ぐにここからセイルへの隔壁を解除して!ガイガーカウンターは?」
「原子炉区画を中心に3ブロックが致死量を超えた放射能を検出している、前後に拡大中!」
「おっけ………」
 にやりと笑うミサ。
その口元に、そこはかとない恐怖を覚える留魅耶。
感じる寒気は、姉に対するものに良く似ていた。

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 高みをひたすら目指しつづける、40センチ主砲弾。
 その先端に、応急的なファンが取り付けられている。
 主砲発射の瞬間から、まともに動風圧を浴びつづけたそれは、自身が回転することによって砲弾内に巧妙に張り巡らされたワイヤを巻き取るよう、ギアを噛まされている。
単純だがそれゆえに信頼性の高い機構だった。
 ワイヤの先端は、手榴弾に似たセパレータにつながっている。

<IP(イニシャル・ポイントの略。
爆撃行程開始地点)まで、あと15>
 レーザ発振開始。
半世紀以上前に設計・建造された軍艦にレーダ反射の減衰など考えているはずもない。
鮮明過ぎるほどの反射波がもたらされ、ブラックマンタの爆撃コンピュータがその役目を果たし始めた。
距離が割り出され、最適な爆撃コースが算出される。
<只今IP!>
<爆撃行程進入開始>
 徹底してステルス性を追求された結果、ウエポンベイ開放時の電波反射を最低限に押さえるべく設計された、ぎざぎざののこぎり状ハッチが開かれた。
観音開きのハッチから無造作に放り出されるのは、2発のレーザ誘導爆弾。
続いて、それを遥かに上回るサイズの、対地下要塞用大型爆弾だ。
<MPI(爆撃要点)まで1分>
<目標最終測距、目標艦を完全にロック・オン>
 その瞬間だった。
 
 砲弾は、その放物線の頂点に達する前に、その形を変えた。
 ファンがワイヤの全てを巻き取り、セパレータのレバーが起こされる。
かきんという硬質音とともに、それらは一斉には・じ・け・た。
   鳳仙花のごとく瞬時にその外皮を吹き飛ばし、中空にその中身をぶちまける………。
飛び出した種子は、大小さまざまなボールベアリングだった。
 イマージンを含んだ金属の驟雨………それらは自らの推力によらず、漆黒の翼に下から降りそそいだ!
<投弾準備完了>
 ぴし。
 今までとは明らかに性格の異なる衝撃。
<投弾開始>
 ぴし。
ぱし。
 瞬く間にそれは増加し、起こるはずのない“損傷”を与え始める。
 ぴしぴしぴしばし。
 いままでとは明らかに異なる輝きがマンタの周囲で瞬き始める。
それはイマージンとイマージンが干渉しあう、地上のあらゆる物体がいまだ経験したことのない現象の証でもある。
   やがて、その輝きを蛍火のようにまといながら進むブラックマンタから、大きな物体が幾つか転げ落ちていった。
同時に噴出したものがある。
 炎のカーテンだった。
<投弾終了>
<胴体下部、外盤剥離。火災発生> 

 それは、唐突に現れた。
 周囲を飛びかう空中警戒機のレーダが。
 広域捜索をむなしく続けていたイージス艦のレーダが。
 意気消沈していた戦闘機の目標探査レーダが。
 すべての電波反射により敵を捜し求めるべく生をうけたメカニズムが高らかにUnknownFlyingObjectの存在を主張し始める。
 ディスプレイ上に光点を点滅させ始める。
 そして、レーダからの電気信号を待ちわびていた全ての戦闘指揮システムが息を吹き返した。
「ミズーリ、シーズファイア!(発砲やめ)艦隊防空システム作動確認!」
「すげぇ・・・たいしたもんだサミー!」ブレンダンは、本来ならばFox-Oneとするべきコールを、極めて個人的なコメントに置き換えた。
F−18の翼下から、猛ける意志を託されたスパロー誘導ミサイルが轟然と宙を駆ける。
「後で奢らせてもらうぞ、サミー」ショーホーが、酸素マスクの下で唇を歪ませるように笑い、サイドワインダーミサイルをぶっ放す。
いまや完全に露出し盛大に赤外線を振りまいているエンジンを直撃したそれは、マンタから少なからぬ推力を奪い取った。
「お前はなんていい奴なんだアァァァァッ」
「愛してるぜぇぇぇぇサミー!」
 極めて直接的な表現を絶叫しながら、一機のF−14がバルカン砲を撃ちまくりつつマンタに吶喊をかけた。
すれ違いざまに、吹き飛び、くるくると落下していくマンタの外板の破片に歓声を上げる。
 今や対空戦力を有する全てのユニットが吼えている。
海上からコンスタントにスタンダードミサイルが重力に逆らって注ぎ込まれ、空中からはスパローが、サイドワインダーが、アムラームが放たれた。
傷ついた鯨に群がる頬白鮫のごとく、戦闘機が至近距離を舞い、牙の代わりに20mm機関砲弾を突き立てる。
ただ1機の戦略爆撃機を撃墜するには過剰過ぎる火力が、盛大に空に撒き散らされ、清浄であるべき空気を排煙で汚していった。

 残念な偶然と言うべきかもしれない。
 幾つか、ミサイルの破片が食い込む。
瞬くうちにその個数は劇的に増え、マンタを縦横無尽に切り裂き始めたとき。
それ全体が1つの大きな主翼であると言って良い機体にミシン縫いのような跡が、機関砲弾によって穿たれとき。
誘導用レーザ発振装置はその精密な構造ゆえに真っ先に高価なジャンクパーツと化した。
レーザが途切れ、史上もっとも高価な滑空爆弾となった3発は、ただ気まぐれな風圧にフィンの動きをまかせて落下するのみだ。
 だが、いささかもその爆発の威力が衰えたわけではなかった。
それに母機からのレーザの発振が無くとも、ある程度の目標捕捉能力を爆弾のシーカは有している。
ただ推力が無いために十分な機動修正が出来ないだけだった。
電子的な首振り運動によって得られる視界の片隅に、イマージンを捕らえたその爆弾は、急激なフィン運動により、自由落下で許された最大限のマニューヴァを見せたのである。
僅かな幸運は、それを無し得た爆弾が大型のものではなく、通常の誘導爆弾であったことだろう。
 3発のうち2発の爆弾は、海面に吸い込まれ、人々の視界から永遠に消え去り、一発は最終段階でほぼ水平に近い滑空を果たした後、命中した。
 イマージンを秘めた砲弾がぎっしりと収められた、ミズーリの第1砲塔に。



(続く)
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