萌えぷら連続小説

Magic Storm RISING“邦題 マジックストーム作戦発動”
筆:ItaK

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第1話から第5話はこちら


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どんな夢を見ていたのか、思い出せない。否、どんな夢を見たのだとしても、それを一瞬に忘れさせるような、違和感のある光景だった。
目を覚ました砂沙美の視界に飛び込んできたのは、まず、照明と、複雑に絡まり合ったパイプの群だった。太いもの、細いもの。
長いもの、短いもの。丸いもの、四角いもの。それらが縦横無尽に交差して、その隙間からかろうじて電線がのび、蛍光灯に辿り着いている。
がばと起きあがった砂沙美は、自分がいつの間にか着替えさせられてベッドに寝ていたことに気づいた。
反射的に周囲を見回す砂沙美の網膜に映し出されるものはことごとく見慣れない代物ばかりだった。
簡素すぎるパイプベッド、素っ気ない壁、材質のよくわからない床。
パニックになりそうな砂沙美を現実に引き戻したのは、声だった。自分のよりも落ち着きを感じさせる、耳に親しんだ、声。
声の主が、半泣きで砂沙美の傍らに座っている。
「美紗緒ちゃん?!」
「良かったぁ……」美紗緒はそれ以上言葉にならない……。

艦首を洗う波は、激しい。しかしその大波も、甲板に達するには弱すぎた。
風上に向かって全速で航行している結果、甲板上には自然の風も合わせると息をするのも難しい暴風となっている。
左右に張り出したアンテナのたわみが、その風が正確に艦首から艦尾に向かって流れ抜けていることを物語っていた。
『ダーティバードが着艦する、デッキを開けろ!』スピーカーからの声も割れていて聞き取りづらい。
作業員は、必要な指示をそれぞれが耳にはめているヘッドフォンから得ているはずだった。
作業員の慌ただしい仕事ぶりを見ていた艦長は、傍らにいる士官を引き連れて甲板から艦内に戻った。
足下をとられやすいハッチの縁をまたぎながら歩を進める。
強風の元では絶対に出来ない贅沢の一つ、帽子の顎ひもを煩わしそうに取り外し、口を開く。
「ダーティバード?如何にも適当につけました、と言うコールサインだな?」
「いかんせん急な話でしたから………」
「見事な即応体制だ、と誉めるべきかな?サイモン」
サイモン少佐は、久しぶりに自分の名前を呼んだ艦長に少し驚いたような視線を向けた。
普段は冗談半分仕事半分で、エアボスと呼ばれているのに慣れている。
「即応しすぎるのも問題です。前後の事情確認もなしに、ぶっ放さないでいいものをぶっ放すことにもなる……
と言いたいところですが、どうやら今回の件は」
「うむ、少なくとも発砲に関して、管制はあの艦の手中にはなかった……事態は深刻だ。
であればこそ、ホノルルもあのような決断を下したのだろう。せめて、彼女たちを少しでも危険から遠ざけてやりたいものだ……
各艦の配置は終わっている。君の子供たちの手際を見せてもらおう。そのために……彼女たちは。あの二人の少女は」
「解っております。自分も父親ですから……サイモン少佐、部署に戻ります」
「待ちたまえ。ダーティバードを待ってからでも、遅くはないだろう?」艦長が顎で指し示した先に、
一機の艦載機、F/A―18のフックが見事にワイヤーを捉え、全長17mにおよぶその巨体を停止させた。
「彼女が、アドバイザーだ。少女たちとも浅からぬ親交があるそうだ」
「MIT上がりだそうで……なぜそんな逸材が、極東の島国で教師やってるんですか?」
「さあな……わからんよ。今回のことは、わからんことだらけだ」
話している間に、二人は艦橋に着いている。艦長は席に腰をかけ、言葉を選ぶように、
「サイモン少佐。私は、合衆国海軍の軍人として、誇りを持っている。だから、今回の件はどうにも納得できんのだ……
冷戦が終わってもうずいぶんになる……だのに、今、我々は同盟国の、しかも年端もいかぬ少女を、
身内の戦いに巻き込もうとしているのだ……寒い、時代とは、思わんか?」
表情を改めたサイモンは、きっぱりと言った。
「艦長、あなたの願いは、かなえられるでしょう。ご安心ください。少女たちに、傷一つ負わせはしません。部署に戻ります」サイモンは、
見事な敬礼を返すと、自分の席に戻る。自分の職務。すなわちエアボス(飛行部隊司令)としての任務を果たすために。

MagicStormRISING   Episode-6

砂沙美は大きめのマグ一杯のココアを盛大に飲み干した。機能性しか求めていないテーブルにマグを置くと、美紗緒がポットを傾ける。
注れる濃茶色の液体から立ち上る湯気こしに砂沙美は美紗緒に話しかけた。
「じゃあ、みんな無事なんだ。良かった……」
「うん、海にみんな落ちちゃって、この船のヘリコプターに助けてもらったの。砂沙美ちゃん、
ヘリで吊り上げられたとき、ぐったりしてて……医務室に運び込まれて。
でも、良かった。気がついて……怪我もないって、お医者さんも言ってたよ」
「美紗緒ちゃんこそ、大丈夫……じゃ、ないのか」砂沙美は、美紗緒が手にしているカップの中身が自分の
それと明らかに違うことに気がついた。白とオレンジを溶かしたような色が渦巻いている。
湯に溶かすタイプの、抗生物質入りの風邪薬だった。
「ううん、大丈夫。念のために、飲んでるだけだから……少し休んだら、みんなのところへ行こ?いまは食堂にいるはずだから」
その時、開け放した医務室の扉から、
「砂沙美ちゃ〜ん、案内しようか?この艦内は広いから、迷子になるかもよ〜?」何も考えていなさそうで、
実は誰にも解らないことを考えているその声の主を見て、二人の少女の表情がわずかに凍った。
普段の白衣姿以上に、飛行服姿が全然似合っていない、小学校教師の姿がそこにあった。

時系列を僅かにさかのぼる。空母キティホークのCIC、最低限に押さえられた照明の元で、幹部達は艦長からその命令を聞かされていた。
「あの救助者達を、おとりに、ですか?ホノルルは正気で!?」
「無茶だ!民間人を戦闘に巻き込むだけでも、我が軍の権威は失墜します!モービルヴェイのミサイル誤射だけでも、失点となるものを!」
「やむを得ぬ事情、というものがあるのだ。いいか、これから君達に伝えることは、あくまでオフレコだ。レコーダを止めたまえ」
艦長の、右手で首をかききるジェスチャーを合図に、記録が止められた。
薄い闇のなか、戦況ディスプレイに映し出されていた映像がスクリーンに転写される。
「いいか、今回のミサイル誤射に至るまでの経路だが、戦略空軍の衛星デネブが異常をきたしたことがそもそもの原因だ。
正確には、正体不明の何者かが、このデネブを介したデータネットワークに侵入し、
攻撃目標設定を行ったことによるものと、シャイアンの連中は結論している」
「信じられない・・・どうやって、クラッキングをかけたんだ・・・しかも単にデータを盗み出すだけじゃなくて、ここまでの芸当を・・・」
「恐るべき手腕だ。だが、その結果、目標とされたのが、これだ!」乾いた音を伴って、画面が切り替わった。
映し出されたのは、いまだ幼い、と表現したほうが正確だと思わせる少女二人の三面写真だった。
バストショットとバック、バードビューに加えて身長、体重、瞳の色にいたるまでのデータが添えられ、大枠で、TARGETサインに囲まれている。
通常ならば敵の軍事施設などを映し出すはずの欄内に個人情報が書き込まれているのが奇妙な違和感を軍人達に感じさせた。
「この少女、SASAMI、だったか。それとMISAO、か?どうも日本人の名前と言うのは発音しにくいが。
ともかく、この少女達めがけて、計3発の巡航ミサイルが発射された。これが現実だ!」
艦長は、ワイヤーフレームで示された海図に切り替えると、言葉を続ける。
「幸いなことに、内2発は迎撃されたが、モービルヴェイ発射のトマホークはアドミラルコード処置にも関わらず
その機能を全停止されることはできなかった。幸いにも信管を含む起爆系統にはコードが届いたらしく、爆発こそしなかったが」
「爆発したら、彼女達は生きていませんよ。おそらく、彼女達はミサイルがテラスの床を突き破り、
ミサイルのノズル部が海水と接触した際に発生した中規模な水蒸気爆発によって吹き飛ばされたものと推測します。
幸い、木造の床は適度の隙間を有していたため、一気に高圧水蒸気を受けて四散する事もなく、軽傷も負わないですんだのでしょう」
「だが、まだ全てが終了したわけではないのだ!ここからが本題だ」

空母の廊下は、その巨大なボディからは考えられないほどに狭い。しかもそこここに水密を考えた扉があるから、
足元に注意しないと慣れない者は確実に足をつっかける。そのため、砂沙美と美紗緒の歩みはひょこひょことした一見ユーモラスなものになっていた。
「しっかし、災難だったわねぇ、ミサイルが飛んできたんだって?」
「災難だったわねぇ、じゃないです。もう少しで死んじゃうかも知れなかったんだから、ねぇ?」
美紗緒もこくこく頷く。いまいち現実感がわかないが、取り敢えず自分たちがひどく危険な目に遭わされたことだけは間違いないのだ。
「事故、っていってましたけど……もう、大丈夫ですよね?」
「まぁあの船がまた誤射するなんてことはないでしょ。もしやったらそれこそ大馬鹿だしね。安心していいわよ。
それに、少なくともこの船の中ならば、安全だしね」
「この船、ですか?」
「そう、空母キティホーク」
そういうと、鷲羽はぴらっと懐からパンフのようなものを取り出してみせた。英語と日本語で書かれた、
日本での艦開放イベントなどで無料配布される宣伝用のパンフレット。表紙に描かれた、海原を割って進む、
平べったい板の上に無理やり建物をくっつけたようなその船は砂沙美の知っている「船」とは随分と印象が異なるものだった。
空母の両側にいる船と比べると、大人と子供ぐらいのサイズの差がある。
「大きい、船なんですね……」
「まあ、なんたってちょっとした国の空軍をまるごと乗っけてるようなものだからね。にしても、ちっと大きすぎるとは思うんだけど」
少なくとも、今回のような事態にはうどの大木でしかないわね、と鷲羽は口の中だけで呟いた。

「ミサイル発射後、ブラックマンタは中高度飛行を続けたのち、東シナ海上空でトランスポンダからの発信が途絶えました。
直前まで送信されていた航行データからみて、墜落の可能性は限りなくゼロに近いと考えます」
参謀の一人が淀みなく説明し終わると、分割された画面それぞれに、黒く平べったい、飛行機と呼ぶのを憚られるような姿が映し出される。
「ご存じのように、ブラックマンタは、本来戦略爆撃機であったB−2スピリッツに各種受動センサを装備し偵察機としたものです。
そのため、そのステルス性は非常に高く、トランスポンダが作動しない今、一切のレーダでこれを探知することはほぼ不可能です。
また、ブラックホールにより、赤外線探知も同様に不可能と考えます」
ブラックホールとは、エンジンをくぐり抜けた高温の排気に、別途吸入した外気をブレンドしてから排出するシステムである。
排気自体の温度が極端に下がるため、赤外線反応はほぼキャンセルされる。
ましてやB−2シリーズは排気口自体が機体上部にあり、下からの視点では露出していないので地上・海上からの探知は困難を極める。
「で、ブラックマンタですが、現在使用が確認されているAGM−86Bの他にも、各種対地兵装を搭載しています。
さきのFAE弾頭はもちろん、通常弾頭の巡航ミサイル、レーザ誘導爆弾、そして、ディープ・スロート爆弾など、
総計で5トン強の対地攻撃ユニットです。もしこれが一般居留地へ使用された場合、被害は想像を絶します」
艦長は片手をあげて、それ以上の説明を制した。参謀に向き直り、苦渋に満ちた表情で、口を開く。
「諸君、つまり、いまや物騒極まりない代物が我々の手を離れて、南太平洋上空のどこかをさまよっているわけだ……
これ以上の被害を出さないための、これは作戦だ。現在、目標の少女二人は当艦内にて保護している。
我々はこれより進路を東北東にとり、ブラックマンタの目を本艦に引きつける!遺憾ながら、あの子達をおとりとする以外に、
奴を細くできる見込みはない。そして、奴を捕捉したら、艦載機で決着をつける!近接戦闘だ」
「ミサイルは誘導が全て使えん。よって、近距離からロケット弾として使用するしかないと考える。
それでも駄目ならば、機関砲で勝負だ……」
「Mk−1アイボールだけで、今の電子機器べったりの戦闘になれてるパイロットたちがどこまでやれますか……
かなり困難な作戦ですな。その……あの、ササミという少女でしたか、このことは伝えるのですか?」
「本当のことなど、言えるか!」
大尉参謀は、自分があまり意識しないで口にしたその言葉の前半が、非常に的確な発言であることを、自身でも気づいていなかった。
「伝えない。伝えても、何のメリットもない」艦長の声から、震えが消えた。
「彼女たちが心配すべきことではない。この件は、本来は我々が解決しなければならないのだ。エアボス、全力発進準備だ!」
「了解」

全力出撃態勢が指示された状況では、食堂にいる人間はまばらである。
一度に三百人は楽に座れるスペースのごく一角を、メンバーが占領していた。
ちなみに、飛行服をきたままの鷲羽を除けば、全員が同じ服装である。
背中にGEASTとでかでかとかかれた作業服風のブルーのシャツに、糊が利きすぎた感のあるジーンズは、
救出された人物に応急に支給される一般的な衣服で、空母ほどの艦となると子供サイズから3Lまで各種が取り揃えてある。
鷲羽が、魎呼、阿重霞、天地、砂沙美、美紗緒に説明する様は、さながら出撃前のパイロット達へのブリーフィングにも似ていた。
「くそっ、それじゃあまたミサイルがどこからか飛んでくるってことじゃぁねぇか!」
「そうね、でも確かにこの艦にいるのが極めて安全であることには間違いないわ。
取り敢えず今は、おとなしくしていたほうがいいと思うけど、魎呼ちゃん?」
返す言葉はない。
「まぁ私は、しばらくここのお偉いさんと打ち合わせする羽目になると思うわ。みんなおとなしくしててね。
大丈夫、ほとぼりが冷めたらちゃんと日本に帰れるわよ」
「ほとぼりって……砂沙美達、別に悪いことしたわけじゃないんだけどな……」

発艦開始。ふんだんに高圧水蒸気から圧を注ぎ込まれたカタパルトが、巨体を誇る鋼鉄の翼を強引に中空へと放り出す。
「今、何機目だ?」
「12機、離艦しました!次、出ます!」
「グッドラック!GO!」
ウェーキにミサイルが着弾してから、3時間半。騒然とした飛行甲板から、F−14とF−18がわずかなタイムラグで次々と発進し、
アフターバーナーの輝きも爛々と高空へと駆ける。舷側のエレベータがひっきりなしに格納庫から機体を、人員を、機材を吐き出し続けた。
空母が一番活気づき、またもっとも脆弱になる時間だ。
「ブレンダン機、発艦しました!方位2−1−0!」
「リーランド、担当空域は貴隊が一番遠方だ、空中給油機との邂逅ポイントを確認しろ!」
出撃機数が26機になったとき、それは起こった。吉報と共に。
「入電、入電。エマーソン機が目標を視認しました!位置だします!」
「つかまえたか?間違いないんだな、付近の機はただちにエマーソンをバックアップ……」エアボスの指示を途切れさせたのは、
振動と、爆発音だった。一瞬身体が浮き上がるほどの、衝撃!
「何事だ!」
「ぎょ、魚雷です!本艦左舷後方!」
「ソナーよりCIC、本艦後方1−1−5より高速推進音3つ探知、命中まで3分!」
「何ぃ!?」




<7>


食堂や医務室などを始めとする居住区は、空母のほぼ中央に位置する。万一被弾しても、もっとも生存性が高い区画である。
ましてや実に59000トンの排水量を誇るスーパーキャリアである。砂沙美達が感じた振動は、昼間艦橋にいたサイモンが感じた
それよりも遥かに大人しいものだった。それでも、テーブルの上の飲み物がはね、クロスに僅かな染みを作る。
スピーカーから流れ出した警報に、鷲羽は驚きの声を上げた。
「ASW!?そんなやつまで敵に回ったって言うの?」
ASW,即ちAntiSubmarineWar。対潜水艦戦闘を下令していたのだ。

MagicStormRISING Episode-7

喧噪したCICに、昼間艦橋で発艦を見守っていたサイモンが駆け込んできた。艦長が開口一番、
「サイモン、バイキングを出せるか?」
「無理です!エレベータにはもうホーネットが乗っているんです、今更!」武装が全く異なる対潜水艦戦。
対艦対潜攻撃機S−3バイキングは、戦闘機の準備を最優先にしたために兵装搭載はおろか、燃料すら入れていない。
「駆逐艦でなんとかなりませんか?そもそも潜水艦というのは、間違いないのですか?」
「ソナーは、音紋がMk46魚雷そっくりだと言ってる。あまり、考えたくないが……」
「……まさか!」
「その、まさか、だ。丁度、ブラックマンタがクラッキングを受けたと思われる時間帯に、
OXX−1Bは、装備調整の為に浮上していた。間違いない、奴も敵だ!」
「OXX−1Bのスペックを至急洗い出せ、対魚雷戦闘どうか?」
「駆逐艦フレッチャーが2本の魚雷処理に成功しました!」
駆逐艦が魚雷と空母の間に後方から高速で割り込む。蠍の尾よろしく艦尾から引き出したおとりのえい航物体が出すノイズに
牽かれて、魚雷を引きつけたのちに、後部艦砲を撃ち放って破壊する。
マニュアル通りの機動でフレッチャーは魚雷2本を海の藻屑と帰した。
「同じく、オルデンドルフ、魚雷処理……成功!魚雷全弾処理成功!」
「よし!ASWは駆逐艦にまかせる。マンタだけを落とすぞ!何か?」
「……艦長宛にコールです、ドクターワシューから、戦闘機隊を交戦させるな?」
「………マイク貸せ!どういう事ですかな」
「エマーソン機、攻撃準備態勢に入ります」

通常、待機状態にも入っておらず、格納庫でお寝んねしている燃料が入っていない機体には、
数本のカナラインタイプのチューブが取り付けられて、機内で最低限稼動させておくべき機器に動力を(それは電力であったり、
油圧だったり、空気圧だったりする)供給している。
同時に、各機が最低限備えているべき情報もこまめに最新のものが書き加えられる。
本来誰もいないはずの機体、背中に巨大な皿を背負った特徴的な垂直尾翼を持つ飛行機の狭苦しいキャビンに、
見馴れない動物が器用にコンソールにタッチしていた。
「この機体にもぐりこんで、正解だったな。さすがに7000万ドルもする早期警戒機、積んでる情報処理機器も一流だし」
グラマンE−2Cホークアイ、空母が4機保有するこの早期警戒機は、半径460kmのレンジで一度に650個の空中目標を探知、
各目標の識別・ベクトル判定から脅威度判定、さらに戦闘機の誘導までやってのける能力を備える。
そのため機内には相応の処理能力を持つコンピュータが搭載されており、魎皇鬼はここからCICの情報を引き出していた。
ミサイル誤発射の経緯と作戦概要をスクロールして、怒りとあきれと恐怖が入り混じった溜息をつく。
「まあ米軍のことだから、戦力の出し惜しみはないだろうけど……確かにこの艦内ならば安全だけど、ね」
キーに触れる肉球を微妙に扱いながら、今度は現状を確認する。敵戦力に関する推察、現在展開中の兵力、
準備態勢などがワイヤーフレーム表示で複雑な多角形として表された。
「うひゃあ、ブラックマンタには20機が同時攻撃、潜水艦には駆逐艦が4隻か!さすが、世界一贅沢な軍隊だけのことはある。ん?」
魎皇鬼は、画面の片隅で場違いに点滅しているマークに気がついた。
何気にトラックボール(揺れる飛行機の中ではマウスなど望むべくもない。トラックボールは標準装備である)でカーソルを合わせる。
呼び出したメッセージに添付された音声に、魎皇鬼は盛大にこけた。
『やっほー!このメッセージを見てるあなただけに最新情報をお届けしようっ!って、かなり古いかな?』
「何考えてるんだ、この人は!」過去幾度も思ったはずの感慨を、画面で高笑いをしている赤蟹カットの天才少女(でも先生)に向ける。
『さてさて、今度の相手は明らかに魔法の影響下にある兵器と考えていい代物だわね。ここでちょっと考えてみて。
あなたが魔法をもし使えたならば、そしてそれで戦争まがいのことをたくらんだならば、どんなものが欲しい?』
「どんなものって、そりゃあ、強い武器、だから・・・」
そこではたと魎皇鬼は気づく。今のところ、敵は、極端に強力な兵器を持ち出しているわけではない。
具体的な攻撃は巡航ミサイルと魚雷だが、あくまでも現用兵器で、極端な威力を持った兵器ではない。
「何故だ、敵は何故魔法で直接攻撃を行わないんだ?いや、行えないのか」
魔法は心の産物だ。敵が魔法攻撃を行えない、ということは、敵は心を持っていない、ということか。
「そうか、敵は、無人兵器なんだ!ブラックマンタだけじゃない、あの潜水艦も無人なんだ!」
そうだ、敵を知ることだ。魎皇鬼はブロックされていた敵戦力情報を強制ダウンロードした。
早期警戒機は防空優先コマンドを使用することでほとんどの空母CICが持つ情報をフリーで受け取ることが出来る。
その代わり、向こうにもこちらが情報収集していることがばれてしまうが。
呼び出されたデータは、戦慄ものだった。

***SRー81ブラックマンタ***
ノースロップ社生産ライン上の戦略爆撃機B−2予備パーツ(冷戦終結によりB−2の配備数が大幅に削減されたため、
余剰品が多数存在する)により完成された試作無人偵察兼戦略爆撃機。爆弾倉後半に各種パッシブセンサを内臓し、
受動的偵察を可能としたもの。敵陣営に対して、衛星では観測できない光学データ・赤外線データ・ガンマ線測定などを主任務とし、
ステルスによって敵に探知されることなく長時間の偵察を領内深域で遂行する。また、即応が考えられる場合に備えて、
爆弾倉前部には従来どおり各種対地兵装を備える。全長21.03m、全幅52.73m、全高5.18m、総重量136トン。
兵器搭載量10.5トン。乗員、偵察時は無人、兵装時は2名。しかし本機テスト飛行時には無人であった。
使用するセンサは不明なるも、別途ファイルにある人物を追尾して作戦稼動中。
***SR−81ブラックマンタ***

***OXX−1B***
原型は、原子力弾道ミサイル潜水艦オハイオ級4番艦、ジョージア(SSBN−729)本来、
SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を撤去し、非核弾頭トマホーク発射艦に改装される予定であった。
現在、同艦が装備している垂直発射システム(VLS)は本来、アーセナルシップ艦を建造、
装備する予定であったものが同計画の事実上の凍結により、評価の場を失っていた試作発射装置で、
従来艦よりもアーセナルシップの甲板が低く、海塩・波などの影響を大きく受けると判断して環境耐久性を向上させたものである。
建造計画は凍結されたがそれまでにほぼ無人兵器庫艦のコンセプトが確立されており、
その試験プラットホームとして比較的旧式な本艦が選定された。
弾道ミサイルが撤去され当VLSを換装・艦内電子情報装置を一新した以外は従来どおりの仕様である。
全長170.7m、幅12.8m、喫水11.1m、水上排水量16600トン、水中排水量18750トン。
兵装、VLS24基、533mm魚雷発射管4基。現在無人。
使用するセンサは不明なるも、別途ファイルにある人物を追尾して作戦稼動中。
***OXX−1B***

『別途ファイルにある人物』が誰であるかは明瞭。
魎皇鬼は必要なデータだけ脳裏に刻み、さらに表示を切り替えようとした。
『さて、いかな無人兵器とはいえ、相手は明らかにこちらの常識を上回る探知能力を備えています。
なんたって一人二人の人間識別して、ストーカーよろしく女の子を狙ってくるんですから。さて、ここで思い出してみてね?』
「思い出すって、強い武器、かな?」
そこで、はたと思い当たる。強い、ということは決して攻撃力だけを意味しない。
この無人兵器は間違いなく相当強力な魔法の産物だ。原理の分からない追尾能力を魔法で与えるぐらいだから。
しかし、ものが無人である以上、このブラックマンタやOXX−1Bが魔法を使えるようにはできない。
意志が備わっていないのだから。ならば。有り余る魔法の力をどのように用いるか。
意志がない以上、自発的にこれらの兵器に魔法を使わせることは不可能だ。
「ということは、魔法で………まさか!?」
今度こそ、血の気が本格的に、引いた。
「大変だ・・・!」
どうか、自分の悪い予想があたっていませんようにと思ったのと、それは同時だった。
格納庫内にサイレンが響き渡り、居候しているホークアイに向かって警備員らしき人影が殺到するのを視界の隅で確認すると、
ひょいとその身を下部ラッチに滑り込ませる。ウサギほどの体でならば、そのまま機体の車輪脚から外へ出ることが出来る。
魎皇鬼には、わかってしまったのだ。この世界最大級の軍艦のなかも、絶対安全ではない!
少なくとも、今、あのブラックマンタを倒せる者は、地球にはいない………。そう一人ごちた時、雷撃の第二波が来た。  

「勝手なことをせんでくれ、プロフェッサー!」
「一刻も早く民間人を安全な場所へ移送する、最適な選択よ」
鷲羽は参謀に目もくれず、キータッチを続ける。
「……聞かせて頂きたいですな、マンタと交戦するなという訳を。今すぐに!」
返答が来るまでに、掌サイズの砂時計がきれいに粒子を落としきるほどの時間を要した。鷲羽はキーボードから手を離し、
「……どうせ、攻撃中止命令は出していないんでしょう」
「当たり前だ!マンタはもう肉眼で捉えているんだ。本隊が到着次第、攻撃開始だ」
「ふ〜ん?多分、間違いなくミサイルの無駄になると思うけど?」
「誘導が無効なことぐらい、先刻承知だ」ふんぞり返って、参謀は威張る。むろん、鷲羽はそんなことで恐れ入るタマではないが。
「搭載しているのは、対地攻撃用ロケットだ。これで敵機の後方上からかぶれば、図体のでかいマンタなど一撃よ!」
「ふぅん、一応ミサイルの欠点に気がついてはいるのね?」
ステルス機に対してはロックオン出来ない以上、ミサイルは使用できない。たとえ弾頭のシーカを殺して発射したとしても、
元々空中を機動して目標追尾をはかるミサイルは、直進性はないに等しいので、何処に飛んでいくかわかったものではない。
その意味ではミサイルの使用予定を取りやめて飛翔経路が安定したロケット弾を選択した彼らの考えは大いに正しい。
だが、鷲羽の心配はもっと別のところにあるのだ。

ずぅぅぅんという音が聞こえたとき、食堂で振る舞われた特大のいかにもアメリカンなサイズと味付けの
シナモンドーナツに取りかかっていた砂沙美は、のどを詰まらせて眼を白黒させるというお約束なリアクションで周囲の期待に応えた。
美紗緒にとんとんと背中をたたいてもらって人心地つくというおまけつきである。
で、こういう時は、天才科学者たる某先生が親切丁寧に状況を説明してくれるのが常なのだが、いま、その人はこの場にいない。
「………大丈夫だよ、ね?」
「………どうだろう、ね?」
「さっき、大丈夫って、軍人さん、いってたよね?」
「うん……でも、大丈夫だったら、砂沙美ちゃんも私も、こんなことになっていないよね?」
薄幸の少女は乾いた笑いを張り付かせてお互いの顔を見合わせた。
「……どうなるんだろう、ね?」
気まずい沈黙を、一人の水兵が流暢にほど遠い日本語で破った。
「皆さんをお連れする飛行機が来ました。皆さんを格納庫へお連れします……」

「リチャード、パーガン、目標の後方500、4時に配置完了!」
「ブレンダン、ショーホゥ、同じく500,7時に配置!」
「リーランド、チェックシックス、GO!」
「エマーソンは離脱、オーヴァー」
CICは喧騒を濃くしていた。だが、そこには戦争の悲惨さを感じさせる雰囲気は微塵もない。
証券取引所のような、緊張をしているがどこか無機的に仕事を進めている、そんな感じだった。
「Tマイナス5だ、レディ!4!」
彼らは、この時点で、終結を確信していたのだ。
「3!」
こいつを片づけたら、今度は潜水艦の始末をしなければならない。
既にエアボスは、対潜ヘリの編成と攻撃手順を頭の中で組み立て始めていた。
「2!」
鷲羽は、モニタの一つに格納庫の監視カメラを呼び出した。画面の隅を見慣れた人影が確かに横切ったのを認める。
「1!」
全機、攻撃準備完了。翼下に束ねられて懸架されたロケット弾はただ目覚めの電気信号を待ちわびた。
CICにいる者、操縦席に身を置く者は、このとき、等しく深い息をついた。血管に味蕾があるならば、濃厚なアドレナリンを味わった。
「Attaaaaack!」 




<8>


「オペレーション・ダンシングサンダー、ライジング」
「オープン・ファイア!」
複数の口から同じ単語が放たれると同時に、彼らが操る機体の翼下に幾条もの白煙が発生した。
127mmLAU-10A“ズーニー”対地攻撃用無誘導ロケット弾。本来ならば多数同時発射により地上の面征圧に用いられるこの兵器は、
今その本来の能力から見れば奇妙すぎる目標へ突進を開始した。僅かにダウントリムをかけて発射されたロケットは、
地球の重力により僅かにそのカーブをきつくしつつその目的地である、宙に浮かんだ漆黒の人工物を目指す。
第1派の攻撃終了。攻撃隊は一斉に左右にブレイクし、さらに後方に控えている別働隊からの射界を確保すると同時に、
各機にアラート発令が伝えられた。
『母艦、攻撃ヲ受ケツツアリ』を意味するその発令は実に半世紀ぶりのことである。

MagicStormRISING Episode-8

本来、アラート態勢化の艦内では、乗員の行動は厳しく制限される。シフトで言えば、最上級の戦闘配置に等しいのだ。
ましてや、民間人が勝手に艦内を動き回るなど言語道断、のはずである。
だから、ゲストご一行様をハンガーへ案内していた水兵が突如けたたましくがなりはじめた赤色回転灯に度肝を抜かれたのは当然だった。
悪態を口にしながら最寄りの電話をひっつかみ、交換台を呼び出す。が、不通。戦闘中の通話制限。当たり前だった。
海軍に入ってから経験の浅い、未だに空母の中で道に迷う彼が途方に暮れかけたとき。
電話が鳴った。
じりりりぃいんと、ごく当たり前のようにベルを鳴らす電話。一瞬凍り付いた場のぎこちない雰囲気の中、彼はおそるおそる受話器を取った。
自分の発するもしもしの声が、ひどく間抜けに聞こえる。
「……ミスタ、テンチというのは……あなたですか?でんわ、です」
「俺?はい、もしもし替わりました……先生ぇ?どーしてここに電話……ええ、みんないますけど、なんか警報がなるわドアは閉じてるわ……
え、上ですか。飛行甲板って……迎えの飛行機、はい、はい解りました。
見れば一発で解る機体?全員で脱出ですか?はい、落ち着いて、行動ですね」

「そう、多分この船はもうやばいけど、直ぐにどうこうなるわけじゃないから。迎えは目立つ機体だから、直ぐに解ると思うわ。
あたしもここが片づいたらすぐにデッキに上がるから。うん、急いでね、唯一の男手なんだから、それじゃ」言いたいことだけ言うと、
鷲羽はインカムのスイッチを切った。CIC内は攻撃中の戦闘機部隊との交信、艦隊の各艦に対潜水艦戦の指揮、
情報処理と喧噪に満ちている。あとでログを調べられればこんな会話をしたことはバレバレだが、
少なくとも今この室内でだれかにこの電話を聞かれている心配はなさそうだった。
指揮管制官の淡々とした声が響く。
「戦闘機隊、マンタ後方500より攻撃開始。第2,3派スタンバイ中」
「………決まりだな。敵機撃墜確認後は、ハワイに向かうように伝えろ。
空中給油機の発進を再度要請、こっちが艦載機であることを念を押せ!」
海軍機と空軍機では空中給油方式がまるっきり異なる。
「撃墜できるかしらね」
「今、目の前でやってみせるさ、20ドルほど賭けるかね?」
「直ぐに解るわ」
隊長機のF−14機種下面に装備されたカメラの映像が、そのまま幾つかあるCICの大型ディスプレイに映し出されている。
正確に中央のサイトに捉えられた黒い翼に、吸い込まれるように向かうロケット弾の航跡を顎でさしながら、
鷲羽の手元だけは正確にキータッチを続けていた。管制官の声も聞き流している。
「命中まで、6,5,4,3,2,1,Now!」

隔壁が降ろされたせいでかえってコースの選択の幅が狭まった分、キティホークの艦内は素人には進みやすくなった。
壁の下に張り付けてある脱出路案内を辿りながら、飛行甲板を目指して歩く。
「これが階段ですの?まるっきり梯子じゃありませんか!」
「軍艦なんかみんなこんなものなんだろうな」
「スカートでなくて、正解でしたわね………あ、ここをまた昇るんですのね……」
「砂沙美、ついてこれてるか?」
「大丈夫だよ!」身体が小さく敏捷な分、砂沙美は他のメンバーより艦内で動きやすい。
時々振り返って、手をつないでいる美紗緒の歩みをサポートする余裕すらある。
「美紗緒ちゃん…なんかすごいとこに来ちゃったね…」
「うん……さっき、アラートって放送でいってたし……こんな風に動き回ってて、いいのかな……?」
「ごめん、美紗緒ちゃん………」
「なに?」
「………“あらーと”って、何?」
まあ、小学生が知らないのも無理はあるまい。
「おーい天地、ここを抜けるらしいぜ!」魎呼は一人で、でかでかと閉鎖標識がつけられたハッチと格闘しはじめた。
ふんぬとかぬぐぅとか威勢がいいのか悪いのかよくわからない声だけが響く。
「俺がやるよ」強風下でのハッチの開け閉めは見かけより力がいる。天地と魎呼、阿重霞がせえののかけ声でそれが開かれた瞬間、
ごおっという音と共に潮風が渦を巻いた。会話も難しいほどの風きり音に、砂沙美と美紗緒は身をすくめた。
「こんなんで……あ、あれじゃねえのか?」強風ですごい髪型と面白い顔になりながら、
魎呼は甲板の端に降りようとしている大型の機体を指さした。一見、2ローターのヘリコプターのようだが、
それにしてはローターの取り付けが奇妙だった。ヘリならば竹とんぼのようにローターがちゃんと真上を向いていそうなものだが、
その機体はややななめ前方にそれが傾いている。
「ああ、多分あれだと思う。見れば一発、か。なるほど」
ベル製ティルトローター機、V−22オスプレイ。離着陸時には主翼両端に取り付けられたローターでヘリコプターのように垂直離着陸し、
飛行時にはそのローターをエンジンごと前に90°回転させて通常のプロペラ機として巡航する。
ヘリよりも高速で(660km/h以上)かつ大型であるため、緊急時の兵員輸送や捜索救難などに重宝される新型機だ。
やがて機は完全に着陸、その後部ドアを開いた。直接ジープが出入りできるサイズのそのハッチから
ヘルメット姿のクルーが出てきて、天地達に手を振ってこちらに来るようにジェスチャーする。
「美紗緒ちゃん、走るよ!」
「あのくらいの距離なら、大丈夫!」美紗緒も頷いて見せた。
「よおし、いくぞ!」天地達がオスプレイにダッシュしたとき、砂沙美は足下に不可思議な、しかし慣れ親しんだ感触を味わった。
ふかふかした、ぬいぐるみみたいな、それでいて暖かい感触。聞き間違えようがない、みゃあという鳴き声。
「リョーちゃん!どこ行ってたの?」
「ちゃっと、調べたいことがあってね!今はとりあえず!」
風の向こうで、何してるんだという天地の声がかすかに聞こえた。
「うん!」砂沙美は魎皇鬼を抱えると、美紗緒を追って走り出した。

スピーカが発したのは、悲鳴だった。
『も、目標は、ノーダメージ!信じられん……』
「よく聞こえなかった、もう一度繰り返してくれ」
『……ノーダメージだ!やつはID4のUFOか何かか?!ロケット全弾ぶちこんだ、直撃も5発や10発じゃないはずだ!
外装に変化は確認できない、化け物か?!」
『もう、ロケットはない!どうする?!』
『……機関砲で攻撃する!エマーソンは右を固めろ!エシュロン組んで突っ込むぞ!』
『目標距離、200!』
『ブレンダン、左を固めろ!俺の指示で射撃!』
バイザー越しに映る、不気味な空を征するエイのような姿。それは急速に膨れ上がり、視界を中心から埋めていく。
雀ほどのシルエットが鳩になり、鴉になり、あほうどりに、そして大鷲に。
僅かにずれた視点から同じ映像を機載カメラが捉え、その映像をキティのCICにいる全員が、見つめた。
否、ただ一人、例外がいた。鷲羽は手元の映像を、飛行甲板に切り替えている。
『……全機、射撃開始!』
Fー14の機首左側下部に設置されたバルカンが輝いた。20mm砲を3門束にしたのだ、並の機体であれば、
弾の驟雨に打たれて間違いなく数センチ以上の破片は残らないほどに破壊し尽くされるはずだった。
彼らは見た。曳光弾が黒い機体の一角、右の後方に吸い込まれるようにそそぎ込まるのを。
そして、その弾がハジキ返されるのを。壁に当たったネズミ花火のごとく。
20mmの鉛弾が産み出し得たのは、破片でも爆発でもなく、虚しい輝きを瞬間的に放つ、火花の群だけだった。
 
「……迎撃失敗。敵機、最終防衛ライン突破!ミサイル発射態勢を取りつつあり!」
「右舷後方に魚雷2本高速接近!」
艦長の顔面は蒼白である。パイロットの腕のせいではない。こちらの戦術が謝っているのでもない!彼我の力の、圧倒的な差。
それを見せつかれた者の、当たり前過ぎる反応と言えた。
唯一、冷静さを失っていない御仁が、口を開いた。
「……エアボス、連中の燃料はどのくらい保つ?」
「……燃料、か?」怪訝そうな声でエアボスは答えた。もはや機載兵器が一切通用しない以上、戦闘機にやれることはないと思ったからだ。
「……節約しても、あと20分ほどがぎりぎりだが」
「解ったわ。陸上基地へ打電、空中給油空域の再設定を要請。触接を続けるように。レーダが使えない以上、見失ったら最後、
今度は奴がどこに現れるかわかったもんじゃないからねぇ……さて艦長?」
沈黙したままの彼に、鷲羽は言った。
「すまないけど、席を外させてもらうは……それじゃね」
自失する艦長を後目に、いそいそと支度をする鷲羽を引き留める者はいなかった。
「駆逐艦が魚雷の処理に失敗しました!……うわぁぁ、当たる!」

それは、唐突に起こった。</FONT>
おとりを無視した魚雷2本のうち1本は、ヘリからの機関砲掃射により処分された。だがもう一本は深いコースをとっていたため迎撃できなかった。
その一本はついに空母の格納庫付近、正確にはエレベータ直下を捉え、炸裂した。
さきの命中に加えて、これで魚雷2本を受けたことになる。この程度では空母は沈まない。だが、当たった場所が、致命的だった。  
「チェーンが!」
発進予定のない機体は、格納庫内外を問わずにそのギアを駐機拘束チェーンで固定され、不測の事態に備えている。
そのチェーンが、衝撃ではじけ切れた。いましめを解かれた機体はタイヤを横滑りさせ、くずおれる。
飛行機の車輪はドリフトが出来るような強度を要求されて設計されてはいない。
爆発が発生した。機首を床にこすりつけ火花を散らせながら、その機体はガソリンタンクにつっこんだのだ。
「総員退避、自動消火装置作動を確認しろ!被害状況知らせ!」
「死亡者無し、けが人無し、付近に可燃物爆発物無し!消火班、Dより作業にかかります」
だが、本当の被害は、彼らの頭上で起こっていたのだ。

「はいはい、ごめんなさいね〜」
「あ、先生。急いで下さい、もうすぐ出ますよ!」
緊張感のない声で、緊張感のない人物がオスプレイに滑り込む。人数を手早く数え上げたクルーが、
機長席にサムアップサインと同時にひゅっと口笛を吹いた。その瞬間だった。
飛行甲板が振動した。空母が半世紀以上体験したことのない、揺れだった。
発進を阻害するほどのものではない。だが、不慣れなゲスト達の、それもまだシートベルトもしていない天地達を転ばせるには十分な
揺れが甲板から伝わる。それだけならば、面々が頭にコブつくったり、アザをこしらえたりするだけですんだかも知れない。
ハッチが閉じてさえいれば。
だが、ハッチは開いていた。閉められつつあったが、
それでも、小さな子供の身体がそこをくぐり抜けて、外界に放り出されるには十分なスペースが余っていた。
一瞬、身体が浮き、機体の複雑なモーメントに取り残されて。
美紗緒が気がついたとき、脚もとになんの堅さも感じなかった。




<9> 


落ちる、という感じはない。むしろ、戒めを解かれたような、穏やかな気分だった。
無重力状態……自由落下……そんな言葉が、頭をかすめる。
だんだん小さくなっていく飛行機から、身を乗り出してる親友の姿が見える……見慣れた少女の、取り乱した姿に、美紗緒は、大丈夫といおうとした。
できなかった。僅かに顔を傾けただけで、見えない空気の手が口をふさぐ。
自由落下って、それほど自由じゃないんだな……冷たい風のせいで急激に感覚が無くなっていく手足を動かそうとしても、駄目……
美紗緒の意識が、そこで途切れた。

「美紗緒ちゃーーーん!」
「駄目だ、砂沙美!」閉じかけのハッチから身を乗り出した砂沙美を、天地が引き戻そうとする。年齢でもウエイトでも歴然とした差があるはずなのに、
天地が渾身の力で引いても、なお砂沙美の手はハッチの枠をがっしりとつかんでいた。兵士が無理にその手を引き剥がして、
ようやく倒れ込むように砂沙美をキャビンに引きずり込むことができた。
砂沙美は見ていた。藍色の髪が、紺碧の中に吸い込まれていく……力を失ったその姿は、落ちると言うよりも視界の向こうへ遠ざかるように、
小さくなって。灰色の地平線の向こうへ、どんどん遠ざかっていって。
「嫌だよ…………」
その姿が空豆ぐらいに感じられるところで、水しぶきがあがった。空母も、そこから離艦したばかりのオスプレイも、その速力を保っている。
白い水と泡の構造物はすぐに視界から流れ去った。あとには、海面しか残らない。
「そんなのって、ないよ!」
「状況、落水!離艦時に落水発生、位置、時間だ、急げ!ドクター?」オスプレイ機長が、副長に檄を飛ばしたあとに尋ねた。
ヘリとは違い、オスプレイは長時間のホバリングには決して秀でていない。
何よりも、ホイスト装置を装備していないので、救難者を吊り上げることが出来ないのだ。
「あの子の救助は、艦隊にまかせるわ。それより全速力で目的地へ向かって!」
そういうと、鷲羽は自らのラジオのスイッチを入れ、早口にまくし立て始めた。
「落水者はターゲットの少女の一人よ!確実に救出して、それと、戦闘機隊になんとかブラックマンタを足止めさせて!
手段は問わないわ、時間稼ぎをしてくれればいいの。私たちがパールに到着するまででいいから」
空母からの返信。本艦は、現在、格納庫内火災処理中につき艦載機発進不能、従って救難活動は実施できない。
現在、駆逐艦数隻が当該海域で救難活動を実施中………その後に、サイモンの直声が割り込んできた。いったい、どうするつもりなんだ?
「とにかく時間を稼いで。その間にこっちは、マンタを仕留める準備をするわ」
鷲羽は、揺れる機内でPowerHeartを開くと、ため息をついた。流石に、緊張を隠せない。神経が、隅々まで張りつめているのが自分でも解る………。
だから、美紗緒が落水した瞬間、その後を追うように黒い鳥が海中につっこんでささやかな水しぶきをあげたのを見逃したのは、無理からぬ事だ。

MagicStormRISING Episode-9

「足止め、か。簡単に言ってくれる……OXX−1B攻撃部隊、状況は?」
「各艦からMk48魚雷搭載のSH−60が発艦、総数38機。ただし、OXX−1Bの位置は不明」
「見込みで発進させたのか、連中は!」サイモンのいらだった声に、もはや誰も反応しない。
米海軍のスプルーアンス級駆逐艦やオーヴァーハザードペリー級ミサイルフリゲート艦は、それぞれ2機のヘリを格納している。
その命令系統は空母の直轄指揮の元にない航空戦力であり、その運用は各艦に任されている。
空母に伝わってくるのは、各機各艦が収集したデータだけだ。
「ディッピングソナーに、未だ感なし。奴を捉えたシーキングはいません……幾つかシーキングをガールの捜索に回すように要請しますか?」
「そうしたいのはやまやまだが……これ以上、観測態勢に穴を開けるわけにはいかない。落水座標は解っているんだ、艦でなんとかしろ」
「しかし……あ、カメハメハより入電です!我、当該水域にてフロッグメン投入、救難者を収容!外見はモンゴロイド系の少女だと言ってます!」
「……見つかったか!……ガール、奇跡だ」そうひとりごちたとき、サイモンは奇妙なことに気がついた。
今の報告にあった艦、カメハメハだと?そうか、フロッグメンとは如何にもあの艦らしい。わずかに胸をなでおろし、サイモンは命令した。
「少女のデータをカメハメハに送れ、照合だ。向こうからはメンタルデータを受信したあとは、
予定通りのコースを……いや、位置は!おい、チャート(海図)をよこせ!」 副官の手でばさっと広げられた海図の上に、赤い線が引かれた。
既に空母が通過したあとのコースからかなり潮で流されたらしく、カメハメハの位置はかなり北に寄っていた。
サイモンの脳裏に、汚名挽回の文字が点灯した。危険な賭だが、やる価値はある!
彼は、カメハメハに北へ全速で向かうように指示した。指令に添付するオペレーションテキストに自らのウォーターマークを入れると、
直ちに発信させる。同時に艦隊指揮下の全艦艇に、同様のテクストを送りつける。
せめて、OXX−1Bだけは、沈めてやる…………!

………少女は、夢を見ていた。
ピアノに向かい、知らない曲を弾いている、自分がいた。
私は、こんな曲を知らない。でも、どこかで聞いた感じの曲。
指から自然に紡ぎ出される、そんな曲だった。
少しだけ、視線を音符からそらす……いろんな人たちが、ピアノを弾く自分を見ていた。
見知らぬ人もいっぱいいた。けど、その人たちに混じって。
親友、クラスメイト、先生、ママ、そして……パパ。
パパ………?パパ………なの……?
「パパっ!」

「ドント、ムーヴ」跳ね起きた少女の額を若い水兵の手のひらが押し返した。
「は……ここ……いったい……」次第に覚醒する意識と記憶が、美紗緒に現状を認識させる。
天井をのたくる無数のパイプは、ここが明らかに軍艦であることを物語っていた。
『あまり動かない方がいい、よく頑張ったね』水兵が話したのは訛りのないゆっくりとした英語だった。美紗緒は一つ深呼吸すると、
『助けてくださって、有り難うございます。教えてください、ここはどこですか?』
『英語が通じてくれて、嬉しい。ここは、SSN−642カメハメハ艦内、医務室ですよ、お嬢さん。
何か、飲みますか?』有り難うございます、と上の空で言いうちに、少女の意識が完全に取り戻され始める。
………砂沙美ちゃん!
『すいません、私の他に、女の子がいたはずなんですけど!』そういって、忽ちえづく美紗緒に、
『知っています。もう一人、Sasamiという少女ですね?ほら、息を正して……彼女は、現在飛行機でハワイに向かっています。
貴女には、そこで合流してもらうことになるでしょう』
「良かったあぁ………」
『ただ、まだ、そのSasami、Sanは、貴女が助かったことを知りません』水兵は申し訳なさそうにいった。
『その……本艦は、SSNですので』
美紗緒は、自分の居場所を、この言葉でおよそ理解したのである。
『それじゃ………仕方ないですね』
SSN、すなわち攻撃型原子力潜水艦。美紗緒が収容されたのは、人の創り出したもっとも兇暴な巨鯨の一頭だった。
『申し訳ありませんが、しばらくこの部屋で休んでいてください。これから僕たちは、けしからんストーカーをお仕置きしてきますからね』
 
美紗緒救出の報は、直ちに巡航中のV−22オスプレイにももたらされた。
添付されたメンタルデータを鷲羽は砂沙美に簡潔に要約して伝えたものである。大丈夫、元気みたいね。
「良かったあぁ………あ、でも、美紗緒ちゃんこれからどうするんだろう?」
「う〜ん、とりあえずハワイ当たりで合流できるはずだけど、向こうはいかんせん艦だからねぇ」鷲羽はぼりぼりと頭を掻きながら、
PowerHeartのキーを滑らせた。覗きこむ砂沙美には理解不能な英単語と線図のワルツが液晶画面を埋め尽くしている。
「ちょっと待っててね、カメハメハがここで、オスプレイがここ。ホイラーがここで、ちょいちょい、と………座標、時間、その他いろいろ。
ほい、相対位置出た。これがカメハメハよ」642と表示された抽象記号を指差して、鷲羽は砂沙美の反応を伺った。
「変な、名前ですね。カメハメハなんて」
鷲羽は、砂沙美に相槌を打ちながら、この少女が英語が読めないことを感謝していた。いっしょに添付されていたテクストの内容は、
もしも少女がそれを一読したら、いかに穏やかな性格の持ち主でも激怒させること間違いないものだったからだ。
いいかげん、この娘達をおとり扱いしないで済む戦術を考えられないのかしらと、隠れてため息をつく鷲羽である。
「あの艦も、もうずいぶんなお婆さんだからねえ。就役は1965年だもの・・・いいかげん退役してもおかしくない艦ね」
「そんな旧式艦、大丈夫なんですか?」天地は、当然の質問を口にした。
「あ、旧式といっても、それはこの艦の外見だけの話だと思っていいわ。
確かにこのカメハメハはもとは第3世代のラファイエット級の戦略原潜だけどね、こいつはそれをベースにいろいろ手を加えてあるのよ。
もうこいつにはSLBMは一発も積んでいないしね」ラファイエット級は、1963年から67年に計31隻建造された戦略ミサイル原潜で、
元来はポセイドンミサイルC3を16発搭載していた。冷戦が終結し、現在結局この艦以外は全て退役している。
「一応、水中速度は25ノットは出るし、OXX−1Bだって速度では大差ないはず」
「で、これが俺達ですか……」天地は青く点滅しながら画面上を移動する、特徴あるマーキングを指さしたいた、丁度、その時刻に。
米海軍は、正確にはサイモンが、二つ目の軍事アクションを実行に移したのだ。

海面が泡だった。白波が目立つ強風下の海に、次々と金属光沢をひらめかせた円筒形の物体が呑み込まれていく。
物体の尾部には申し訳程度のシュートが相対風を受け、着水時のショックで機器が破壊されない程度の減速を果たしていた。
目標探知の報告と同時に、海面すれすれでホバリングしているSH−60群から放たれた、実に70本以上の対潜魚雷である。
それぞれの弾頭には通常の倍以上の炸薬を装填していた。
オペレーション・ヴィクトリアフォール、発動である。

「ヴィクトリア滝の大瀑布、ね。米軍らしい派手な作戦だわ」戦況を表示しているPowerHeartから、鷲羽は眼を話さない。
脇からのぞき込んだ砂沙美には、ディスプレイされている記号や図の意味は半分も分からないが、
ただ一つ、642と表示された蒼い小さな楕円が意味するところだけは理解できる。
潜水艦カメハメハ。美沙緒の乗っている、船だ。
その後方から、僅かずつ距離を詰めてきている、紅い三角錐の表示。教えられなくとも、それが意味する物は解る。
「ヴィクトリア滝って、何ですか?先生」
「一斉魚雷攻撃を、しゃれているようね……これね」画面上に、両艦の位置関係を立体標記したワイヤーフレームが呼び出された。
海面をあらわす水色のプレート表示の上に、円マークが数十浮かんでいる。
「このマークが、海面上のヘリコプター部隊。各機が2発ずつ、魚雷を投下」円から切り離されたドットが青の平面を突き破って、
おのおの別の軌道を取って進んでいく。それぞれのドットのベクトルはまちまちだ。
 ドットのダンスは、おのおのの間隔が殆ど等しくなったところで止まった。
「各深度、各座標にまんべんなく魚雷が配置された時点で、時限信管が作動。攻撃範囲内の艦を爆圧で押しつぶす作戦ね」
 攻撃範囲は、進行方向に先端を向けた長めの卵形を海中に形づくっていた。カメハメハはかろうじて、卵の先端のさらに先に位置している。
後方の爆圧と衝撃が渦巻く塩辛いシチューの中に、OXX−1Bが取り残されている。
「魚雷70本の大瀑布。米軍はこのあたりの生態系を壊滅させるつもりかしらね……」しかし、その攻撃も、
仮にこの艦にブラックマンタと同様の処置が施されていたら、どの程度の効果があることやら。
鷲羽はディスプレイの右上端に現れたカウントダウンを見た。魚雷の全深度配置まで、あと2分。

海水の擦過音を、身体で感じているかのようだった。いまやカメハメハのタービンは出力120パーセント。
軸受けが悲鳴を上げないのが不思議なほどの回転数を叩き出し、スクリュウがそれを推進力へと変換する。
それでも、カメハメハの曳航するケーブルの先端に備えられたソナーが確実に敵艦を捉えている理由はただ一つ。
敵はそれ以上のスピードで突進しているからだった。
CIC(潜水艦では、艦橋とCICは同じ場所を意味する)に詰めたクルーの緊張は最高潮に達していた。
「相対距離、開きません!本艦を正確に追尾してきます、艦長!」
「あわてるな!この速度では、向こうも魚雷は撃てやしない」
「こちら原子炉、現在出力105パーセント。速力を落として下さい、これ以上は危険です!」
「駄目だ、速力このまま、舵中央を維持。航海長?」
「アタックポイント直下通過、あと30秒。魚雷投下時刻です」
「よし、10秒後、機関全速のまま、アップトリム4。取り舵20。艦内、第1級戦闘配置。総員退ショック姿勢、ゲストには毛布にくるまるように言っとけ!」
ソナー員の声が喧噪の中、響いた。
「……来た!後方、方位0−2−5、距離200に魚雷、降下してくる!」
「始まったな。さあ、煮られたくなければ全速だ、全速、全速、全速」

……Don't worryと微笑んだ水兵が、毛布を重ねて掛けてくれた。さっき飲ませてくれたココアと相まって、美沙緒の瞼が心なし重くなる。
「あの、私、いつ帰れるんですか?」
「今、この艦は全速力でハワイに向かっているんだ」彼は自分の言葉に僅かな苦みを感じた。間違ったことを言っているのではない、が。
「そうだね、明日の昼にはハワイ島を見せることが出来るだろうね。
その後、夕方には、上陸できる。そうそう、君の友達も、先回りして待っているはずだ」
「良かった……あ、でも……」
「気にしない、といったろ?この艦は、安全さ。どんな奴が来たって、君を守れるさ」
「……あの、おんなじこと、キティホークの軍人さんも、言ってたんです……」絶句する。
誰もスーパーキャリアが、中破するなど考えもしなかったに違いない。だが、現実に、キティは数本の魚雷を浴び、
大破撃沈こそ免れたものの航行能力を完全に失った。今頃、数隻の巡洋艦に曳航されながら帰港するという惨めな眼にあっているはずである。
「そうだね、油断しないほうが、良いかもしれないね。君はなかなか頭がいい……まぁ今は、私たちに任せておいてくれ。
ちょっと揺れるかもしれないから、ベッドで潜り込んでいてくれ。また、後で、いろいろ話そう」
そうさ、我々が負けるわけ、無いじゃないか。魚雷の嵐に放り込まれて無事な潜水艦なんざあるわけがない。
彼は、当然ながら、ブラックマンタのことを知らない。

艦の傾斜は、左舷に緊急注水することで回復していた。しかし既に注水量は2800トン。喫水は2m以上下がり、
かろうじて浮力を維持している状態のキティホークは、唯一、艦隊の上位艦としての面目を保った機能、
すなわち航空管制能力に残った力を全て注ぎ込んでいた。
「遠慮はいらん、たっぷり奴に魚雷を喰わせてやれ!」
血走った目のサイモンの声が掠れている。今日一日で10年は年を取ったかのような風貌でわめく姿は鬼気迫るという言葉が相応しい。
それまでの自分の常識、信念その他諸々をうち砕かれた哀れな軍人の姿がそこにあった。
無力な航空機部隊、子供を守れなかったという屈辱。それらが確実に彼の精神を犯している。
「あと10秒、9,8,7」
進むカウント。エアボスの視線が、ディスプレイから1インチも動かない。
「6、魚雷全弾着水完了。4,3,信管オン!1、ゼロ・コンタクト」

砂沙美は、息を飲んだ。眺めていた海原の、ちょっと色が深いかな、と思わせる部分がいきなり盛り上がる。
巨大な泡が膨れ上がり、はじけた泡の中からさらに巨大な泡。はじけてはより大きな泡を産み出し続ける海面の周囲に、
同じ光景が同心円上に拡大していく。
鍋だ。海のその部分だけが、直径数キロの煮えたぎる鍋と化していた。吹きこぼれなどという程度の物ではない、かといって水柱でもない、
水と空気が入り交じったものが、空に向かって成長していく。水平線と比較して、自分たちとはかなり距離があるはずなのに、
その水泡はあまりにも大きく感じる、少なくとも砂沙美にとっては。
「先生!」砂沙美は窓から跳ねるように離れると、鷲羽のノートをのぞき込んだ。
「……無駄よ。これだけの魚雷でミキサーをかけたのよ、音なんか取れはしないわよ……それより、砂沙美ちゃん、これで海面を見ていてくれる?」
そう言って、鷲羽は重く黒光りする双眼鏡を砂沙美に押しつけるように渡した。
「あいつをやっつけられたならば、海面に浮遊物が浮くはずよ。オイルとかね……今は、それを見つけることぐらいしか出来ないわ」
嘘である。偵察コースをとってもいない飛行機からいくら目視したところで、撃沈確認など出来るわけがない。
だが、何もさせないでおくのは、少女の心情にあまりに危険だった。
一心不乱に海面を見回し始めた砂沙美に陰のある視線を送った鷲羽は、ウインドウに別のデータを呼び出した。
一つは、後方を巡航しているブラックマンタのデータ。
高度そのまま、針路を僅かに北へ向けつつ、追尾してくるのが表示される。だが、僅かにそのスピードが落ちている。
「ダメージを与えたのかねぇ……流石にやられっぱなしじゃ、ないって訳だ」
だが、具体的な攻撃方法のレコードを見て、鷲羽はげんなりして一人ごちた。
……こいつら、もしかして、元暴走族か? 

1機のトムキャットが、ブラックマンタの真正面にサイドから滑り込む。その距離、僅かに十数m。
これほどになると、以下に相手がステルスといえど機の後方警戒レーダは鳴りっぱなしになる。
頃合いよし。呼吸でそれをつかんだパイロットは、スロットルをミリタリーレベルまで叩き込んだ。
ノズルから蒼い炎の束が盛大に吹き出し、直接ケロシンの燃焼熱がブラックマンタのコックピットグラスに吹き付けられる。
通常のミサイル警戒用パッシブレーダではなく、アクティブタイプを装備する機でなければ出来ない芸当だった。
「どんな案配だ、ブレンダン!」Gにくぐもった声に、応える。
「おう、右のグラスにヒビが入ってる。センサも焼けてると良いがな、次は!」
「あとはスズメバチ連中に任せる、俺は帰るぞ!」
「そのままヒッカム基地に向かえ、タンカーにふられたらおとなしく海水浴してな」
「おらおら、ぐちゃぐちゃ言ってないで、そこどけ!ショーホー機、嫌がらせダンスを開始する!」
そういうと、ショーホーのF−18がくるくるとロールをうちながら真正面に回り込んだ。

鷲羽は、もう一つのウインドウに、ハワイへの直通回線を呼び出した。補給情報端末。
食料・被服・武器弾薬・燃料などの補給を行うための情報回線である。無数の項目をスクロールさせ、必要な物資、
人員を手早く指定し、依頼文書を作り上げ、それが済むと、念入りに書式に合わせて書いておいたメールを送信箱に入れる。

********************
From:元MIT教授超天才科学者 鷲羽・コバヤシ
To :米海軍太平洋艦隊総司令官
本文:添付資料にある物資及び人員を大至急、2時間以内に確保されたし。
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そこで一旦指を止め、鷲羽は考え込んだ。頭の固い軍人に、
こちらの意図を分からせるには懇切丁寧な説明よりも気の利いたジョークのほうが有効であることを鷲羽は知っていた。
視界の隅の紺碧が植物の繁茂を示す緑色に変わった。そのさらにさき、陸と海の交わる場所に、目指す物の姿があるはずだ。

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空の悪魔に立ち向かう力を、老嬢に与えるために、必要な物資である。可及的速やかに、お願いする。
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送信コマンドボタンをクリックするのと、その報告は同時だった。
「磁気反応、推進音探知ィーッ!敵艦健在ィ!」

送信バーが100パーセントを示すと同時に、PowerHeartに現れたワイヤーフレーム。幾十もの海面下の衝撃球の中で、
砕け散っていなければならないはずの紅い鋭三角は、全てをあざ笑うかのように点滅を繰り返し、ゆっくりと攻撃範囲から抜け出していた。
そのまま青、カメハメハの追尾コースを取り、わずかに回頭するのが見て取れる。
「カ、カメハメハから入電?付近の全艦艇、全航空機宛?」
慌て声で、通信士が枯れかけた声帯を酷使した。
「我、コレヨリ戦闘参加、追伸……英語じゃない、ローマ字読みか?」
「読んで!」鷲羽の叱咤にちかい声に、びくんと身体をふるわせて、通信士が読み上げたそのメッセージに、砂沙美は眼を点にしたのだった。
通信士の口が紡いだたどたどしい発音が、明らかに日本語のそれであり、怪しげきわまる和製英単語がブレンドされたものだったから。
砂沙美は、たった一人であるが、そんな言葉遣いをする人間をよーく知っている。知りたくないけど、知っている。
オスプレイは、わずかずつエンジンを斜上に傾け始め、着陸態勢を取りつつあった。




<10>


時系列を僅かに遡る。
ヴィクトリアフォールの攻撃範囲は、非常に微妙な設定がされていた。カメハメハの文字通りの全速でようやく稼ぎ出しうる距離に安全距離を設定し、
その後方はまんべんなくミキサーされるように魚雷は撃ち込まれたのだ。
いかに強固な水圧に耐えるべく設計された潜水艦であっても、魚雷72本の一斉爆発はその艦体を軋ませるのに充分すぎるエネルギーを発散した。
全速航行中の機関振動もあって、船体の各所が歪みを示し、
ばりばりぎぃぎぃという素人には恐怖を増幅させる以外に何の印象も得られない音を産み出す。
美紗緒は、素人だった。そして、彼女の聴覚は、普通の人間に比べてかなり繊細かつ過敏だった。
金属同士の接触が放つ、手入れを忘れたバラライカを強引に弾いたような甲高い軋み音と腹に響くごろごろとした稲妻のような音が、
激しい振動とともに美紗緒の耳朶を襲った。密閉空間にいるせいで僅かに変調をきたしていた鼓膜が文字通り悲鳴を上げ、
ベッドから放り出されないように覆い被さってくれた水兵の緊張に満ちた表情が、より不安感をあおる。そして、限界が訪れた。
それまで白色の清潔感に満ちていた室内が、一瞬に鮮血のような朱に染まる。
この色の照明が緊急事態発生を示す、そのぐらいの知識は美紗緒にあった。
同時に痛めつけられた鼓膜が、かろうじて部屋の外、廊下に流された管内放送をとぎれとぎれながら捉える。
敵艦健在……総員耐ショック姿勢……美紗緒の脳裏に直感的に浮かんできた未来図に、明るいものは何一つ無い……
そして、そのことを美紗緒自身よりも深く感じていた者がいる。
留魅耶である。
少年は、砂沙美を別にすれば、誰よりも知っていた。否、砂沙美よりも深く知っていたかもしれない。
眼前にいる少女の心が繊細ゆえにいかに傷つきやすい、硝子細工であるかを。
ごめん。今、僕にしてあげられるのは、このぐらいしかないんだ・・・美紗緒、君が怯えて、怖がって、苦しんでいるのを、見ていられないんだ。
シーツをつかんで全身を振るわせる美紗緒の指に、別の何かが触れた。
「と、り、さ・・・・ん?」涙でかすむ視線の先が鳥のそれと重なり合い。
別の意識が、ゆっくりと眼を醒ました。

Magic Storm RISING Episode-10

エンジンポッドを斜めに傾け、着陸態勢をとりつつあるオスプレイ機内。
「これから、どうするんですか・・・・」天地の声は力を失っていた。
「冗談ですまなくなっているのだけは、確かね・・・ただ」
「ただ?」
「そう悲観したもんでもないと思うんだけどな」そういって意味ありげに流し目を砂沙美にくれる鷲羽は、ぱたんとPowerHeartを閉じた。
「まあこの状況を打開するには、私達じゃ役不足よね」

オスプレイの機内は本来、強襲作戦に使用されることを念頭にいれて設計されているため、重武装車両が格納できるほどのスペースがある。
ハマーのごちゃごちゃと使用目的がまるでわからない機材が積み上げられた影で、砂沙美は魎皇鬼を抱き上げながらひそひそと話していた。
「魎ちゃん、それじゃ・・・・」
「うん、多分間違いない。僕達に飛んできたあのミサイルも、ブラックマンタも、いま美紗緒ちゃんを付け狙ってる潜水艦も、
ものすごい魔法の力を秘めているんだ。多分、この間秋葉原で暴れた巨大ロボットよりもすごい魔法がかかっているんじゃないかな・・・」
「どうして!どうしてそんな・・・・これもミサの仕業なの・・・・」
「いや、これはミサがやったんじゃないと思う。砂沙美ちゃん、見たでしょ?あいつらがほとんどこちらの攻撃を跳ね返しちゃったのを」
「直接見たわけじゃないけど・・・・」
モニター越しに、ワイヤーフレーム上であるとはいえOXX−1Bへの魚雷攻撃がなんの効果もなかったことは見ていた砂沙美である。
「いくらなんでもあの撃たれ強さは異常だよ。あれは多分、魔法で強力な装甲をまとっているんだ」
装甲の魔法強化処置、ホークアイ機内からのハッキングで、
魎皇鬼が出した結論がそれだった。
魔法は、使う人の“想い”によって始めて発現する。だから、魔法を自発的に使うには、その魔法を使う人間のキャパシティもさることながら、
本人のやる気すなわち戦闘意欲が重要になってくる。サミーのコケティッシュ・ボンバーがいい例だ。だが当然ながら、
無人兵器に意欲だのやる気だのといった“想い”などというものはない。
「おかしいと思ったんだ・・・・無人兵器をコントロール下に置くのならば、魔法なんて必要じゃない。使うにしても、
あんなにイマージンをふんだんに発散させるほどの魔法をかける必要なんてないんだ。
ブラックマンタやOXX−1Bが放っている魔法のエネルギーはあまりにも大きかった、その理由が、装甲の強化、だったんだよ・・・・
“想い”がない無人兵器は、当然防御魔法を唱えることも出来ない。だから魔法で、その外盤自体に非常識な対ショック性を与えたんだ・・・
普通に無人兵器をコントロール下においても、暴走に気がついた米軍にすぐに撃墜されるか撃沈されるかしてしまうに違いない、
そう考えたんだろうね、これを仕組んだ奴は・・・・こんな手の込んだこと、あのミサが考え付くはずがないよ」
「その為に魔法で外装強化したってわけね」
「そーゆーことって、わぁ!」耳を派手に逆立てて、魎皇鬼はぎぎぃっと首を振り向かせた。
「私も不自然に思っていたのよね・・・しかしそんなことまで出来るなんて、魔法って素晴らしいわねぇ・・・ますます研究意欲が刺激されるわぁ。で」
鷲羽は砂沙美にむきなおった時には、その表情を一変させていた。小学生に向けるにはふさわしいとは思えない、真剣そのものの顔。
「協力してほしいのよね・・・美紗緒ちゃんのこともすこぅし気になるし」
「・・・・先生、なんかたくらんでません?」
「そう見える?」
「はい」
「あたり」
鷲羽が破顔したのと、ずむという衝撃とともにハッチが開き始めたのは同時だった。とりあえず乗って、とハマーを顎で示す。

艦橋を、沈黙が支配している。
状況は、最悪だった。
カメハメハの後方にいるのは、一斉攻撃を屁とも思わぬ常識外の潜水艦、OXX−1Bだった。
えい航ソナーが捉えた僅かな擦過音は、OXX−1Bがその外甲に全く歪みを生じていないことを物語っている。
そして、その音は急激にか細くなり、途絶えた。潜水艦戦のセオリー、すなわち静粛航行に移行したことは間違いない。
打つ手、なし。いまやカメハメハは、目隠しをされたままボクサーの前に引きずり出された状況に等しかった。
ソナーマンのジョーンズ軍曹は、後にこう語っている。まるで艦全体が葬式でもしているようだった、と。
「本当は、なんにも落ち込むことなかったんだがなぁ!だってよ、もう5分後にはみんなテンションめいっぱいにしてたんだぜ・・そう、
丁度艦長がどっかり腰を下ろしちまった時さ、電話がなぁ、がなったんだよ」

『医務室より艦橋!誰でもいい、誰か来てくれ・・・少女が、う、ひゃああぁ!』
狭い艦橋室内に、普段は沈着冷静の代名詞といわれる水兵の声が響き渡った。
こういう時に最も効果的なのはより大きな声であることを経験から学び取っていた艦長、ハロルド・バーンズは、即座に自らの声帯にリアクションさせた。
バスの響きがパニックを抑える。
「総員、持ち場を離れるな。ナンバーワン(副長)、直ぐに医務室へ行け。状況が判明次第、私に報告しろ。
他スタッフはOXX捜索と戦闘準備に全力、以上」軽い敬礼を残して、
アナポリスを卒業してまだ1年もたっていないというモス少佐が駆け去ったあとに報告が入ってきていた。
「水雷長より艦橋、魚雷装填準備完了」
「ソナーより、サイドソナー、曳航ソナーに感なし」
「機関長より、機関最高出力の発揮可能」
「プリチェック終了、舵、縦横ともに損傷なし。油圧系統異常なし」
「チャンバーより、PAP固定よし」
「点呼終了、負傷者なし」
「よし、チャート(海図)出せ。本艦とOXX、最終探知時の互いの位置と、現在の本艦位置と敵予測位置座標だせ。
艦橋より医務室、ナンバーワン?そっちはどうだ。ガールは怪我してないか?」
いいながら、バーンズ艦長は情けない思いを表情に表さないようにするのに苦労していた。
娘というより孫に近い年齢の少女を守る自信がない今の自分に腹が立って仕方がなかった。このままでは、少女は怪我どころではすまないに違いない。
『モスです、艦橋!?少女が、起き上がっています!』
「怪我はなかったか、何よりだ・・・って、それがどーかしたか?」
『そ、それが、おい、これはどーゆーことだ!説明しろ!』
『俺にも、何がなんだか・・いきなりガールが光の繭に包まれて、桃色に光ったらブロンドで、ヒールで、
どう見てもジャパニーズには見えなくて、鳥がしゃべって・・・・艦橋、この部屋にいるのは、ゲストじゃありません!』
「・・・医務室へ行く、敵艦探知したら直ぐに知らせろ、速力方位は現状を維持」
年甲斐もなく息を切らせて駆けつけたバーンズが、レザーの光沢もまぶしい少女の前で石化したのは、ほどなくのことである。
「ハーイ、ユーがこのボートのキャプテンさんね?」

そこは、人生を精一杯に生きたものがゆっくりと時間を過ごすのに適した場所だと言える。
さわやかな陽光と澄んだ白砂に飾られたビーチは、喧騒と言う言葉を脳裏から消し去るに十分な穏やかさをもたらす。いまだ老境と言えないものも、
その恩恵にあずかろうとしてここを訪れ、あるものはここに永住してしまう。
暖かな風がはぐくんだ果実をかじりながらPleasureを謳歌するのがふさわしい場所、それがハワイ。
しかし同時にこの楽園は、アメリカ太平洋艦隊の一大根拠地でもある。半世紀前にはその軍事的重要性から、
この基地に世界で始めての空母艦載機による大規模攻撃が加えられた。そして重要性の面では、いまもそれはいささかも変化していない。
補給・情報・休養などの兵站を一手に引き受けるべく、この島は休むことなく活動しつづける。
世界一、自然に恵まれた軍司令部かもしれないアメリカ太平洋艦隊司令部の白亜の建物、穏やかな風に揺れるカーテンを見ながら、
その長は旧知の天才が送りつけてきたメールをプリントアウトした紙片を眺めた。
「老嬢、か・・・確かに、ビッグMはもう年だな・・・・達成率は?」
「量は、現時点で予定の6割強です。今、補給所に総動員をかけていますから、ケースに入れる分は2時間あればなんとかなります。
丁度、使用済みのものがあったので、こじ開けて中身を使う予定ですが、不足は新品で補うことになります・・・
あの、来週には戦略原潜が2隻、入港予定です。艦のメンテナンスに支障がでますが?」
「その港が、下手をうてば明日までには消滅しかねんのだよ。クルーは確保できるか?なんなら私も行くが」
「馬鹿なことをおっしゃらないで下さい!・・・・閣下、そろそろ」
わかったよと言いながら、彼は本気だったんだがと心中だけで囁いた。
腰を上げるとしっかりした歩みで、お付の武官が開けた大仰なチーク材のドアを潜って会議室へと向かう。
「プロフェッサー鷲羽、か。あの女史、どうせ顔も見せないで直行だろうて」
「直通回線を確保しますか?」
「いや、いい。どうせもうすぐ、私は暇になる身だ。これだけの失態、責任をとらんわけにもいかんだろう。そうしたらのんびり日本に会いに行くさ」
「・・・・お察しします、閣下」

最初に立ち直ったのは、バーンズだった。
「・・・あー、お嬢ちゃん、とりあえずベッドに土足で立つのはあまり行儀がよくないんじゃないかね?」
「細かいことはノーシンキング!どーせサブマリンのシーツなんてアメージングなスポットだらけで総天然色で放送中よ!」
「やかましぃ!仕方ないだろう!」即座にモスが突っ込みを入れた。
原潜は一端潜航すれば半年近く浮上しないことが珍しくない。狭い艦内に置かれた洗濯機や乾燥機には当然その数と使う順番に限りがあり、
洗濯物が丸められたまま2〜3ヶ月ほっとかれることは珍しくないのだ。長く使う毛布やシーツは結構悲惨である。
しばらく会ってない孫がこのぐらいかなと思いながら、バーンズは声をかける。
「・・・あ〜、取り敢えず、君は誰なのかね」
ふっ、と思いっきり芝居がかった吐息の後、わざとらしく帽子からはみ出した髪を掻き上げながら、
「ただの、通りすがりの、ゴージャス魔法少女よ。気にしないで」
「ンなわけ、いくかぁ!」
「落ち着け、ナンバーワン」
「落ち着いていられますか艦長!」
「子供に何熱くなってるんだ君は!」
『艦橋より艦長!高速推進音2つ探知、方位1−6−0上方、魚雷!』
「来たかッ!」
「ナンバーワンは艦橋に戻れ。艦橋、こちら艦長。えい航ソナー切り離して回避運動はじめ、魚雷発射ポイント算出急げ。オーバー」
命令に頷きながら、モスは威厳を含ませて
「ガール、すまんがしばらくこの部屋にいてもらう。現在本艦は緊急配備中につき、
しばらくおとなしくしてくれって言ってるそばから何をしとるんだ君は!」
いつのまにか艦長の持ってた受話器でてけとーな内線番号にはろーはろーなどとやり始めたミサの手からそれをもぎ取る。
モスはえらく早口の訛が流れ出すスピーカーをにらみつけた。
『もしもし、今、君、どこにいるの?俺達ね、今・・・』
「こちら副長だ、ただいまの連絡、もとへ。気にするな!品性疑われるようなこと話してるんじゃない!」
『でも副長、今、確かに女の子の声が!』
「はろー、あたしピクシィミサ。いまねぇ・・・」
「やめいってんだろが!もしもし」
応答はなかった。代わりに電話越しにうおおっとからっきぃとかまじかよぉなどといった雄叫びが響いてきて、モスに僅かなめまいを起こさせる。
向こうの状況が、手に取るように解ったからだ。
カメハメハの乗員、正規クルー120名。特殊工作員180名。そのほとんどが、体力に自身のある海軍か海兵隊のむくつけき男達である。
そんな連中が数ヶ月単位で陽の光もなく窓のない深海でストレスに苦しみながらわっしわっしと勤務し、訓練し、
生活している中にふいに響きわたった女性の甘声。このような場で笠原留美嬢のような声のもつ威力は、戦術核に匹敵する。
「や、やばいんじゃないかな、ミサ?!」当然のようにミサの肩に従った留魅耶は、気が気でない。
だが、ちっちっちと指を振りながら
「どんとをーりぃ、これでどっかのアングラホラー見た後のよーなブルーな気分をスルーアウェイ!ど迷惑なストーカーとバトれるってもんよ!」
「わが軍のSNNはストーカー扱いかコラ!」
「イェーーーーッス!」きっぱり肯定されて脳をシチュー化させたモスが何か言い返そうとしたとき、医務室に艦橋からの声が響いた。
「こちらソナー、そのストーカーですが、アイドリング音、後方距離13000!」
「魚雷からまだピンは来ません!直進。距離1800、雷速50ノット」
「・・・・本攻撃じゃないな」留魅耶がぼそっと言った。
「どーゆーこと?」
「填められたんだ・・・多分、敵もこっちの位置を見失っていたんだ」
留魅耶の続けた言葉に、モスはあほのように口を開いた。ヴィクトリアフォールによる海水撹拌の影響は当然OXX−1Bのほうが強烈に受けている。
艦体に異常がなくても、ソナー効力は極端に低下しているはずだった。
自艦の位置を相手に悟らせずに、目標を捕捉するには、相手から音を出させるか自分から離れた位置からアクティブソナー並みの音を出し、
その反響を捕らえればよい。もしも、OXX−1Bが静かに低速で魚雷をスイムアウトし、途中で加速するようにプログラムしていたら・・・・
「丸見えだ・・・・!」
「どーせ最初からゲームにならないわよ。相手のほうがもってるフィッシュも多いし、速度も上でしょ?」
隔壁越しに響く空しい爆発音にずーんと心を沈ませたモスは、首筋に生暖かい風を感じた。
「な、なにする!?」ふぅっと息を吹きかけた当の本人が、開いた口から。
前代未聞のオペレーションが発案されたのである。

「プロフェッサーが到着しました。そのまま、ターゲットブルーをつれて移動中」
武官のもつ紙片を受け取り、司令はめがねをずりあげて目を通した。
「おや、基地には降りなかったのか?直接フォード島に降りるとは、強引だな」
「そのままビッグM・・・F2/F3へ向かったそうです。例のものも、既にケース込めを終えて向かっています」
「よろしい。ビッグMを援護する。出動可能な全水上艦艇及び航空機は、発進準備」
「アイ・サー!作戦発動します!」
これ以上ないくらいに背筋を伸ばした武官が、たずねた。作戦名はいかがしますか?
「ふむ・・・・やはり、勝利を担ぐべきだろうからな」
「では!」
「うむ・・・作戦名は、マジックストームだ」かつて中東の砂漠で、アジアで、嵐は吹き荒れた。常に米軍に勝利をもたらす嵐が。
「ブラックマンタの襲来は、遅くとも4時間後だ。ビッグMへの搬入作業を急がせろ」
「どうせ大した数はありません。ケースは45個、プラス9個です。燃料補給のほうが時間がかかるぐらいです」
「プラス9個?・・・・そうか、そういうことか。だが、何に使うんだ?」
この9個が、最終局面でいかに重要な役割を演ずるのか。
気がついている者は、この時点では誰もいない。




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