4月6日更新
萌えぷら連続小説
Magic Storm RISING“邦題 マジックストーム作戦発動”筆:ItaK
<1>
<2>
<3>
<4>
<5>
<6>
<7>
<8>
<9>
<10>
<11>
<12>
<13>
<14>
<15>
<1>
『当機はまもなくウェーキ・パラダイスリーフ空港、第2滑走路に着陸いたします。お客様はシートベルトをしっかりご確認の上、
座席に深くお座りになってお待ちください。なお、空港管制局によりますと、ただ今の空港の気温は28℃、天候は快晴となっております……』
単調な青に支配されていた外界が一瞬、ミルク色一色になる。それが晴れた後に広がる澄み切った海の青と白い砂浜が覗く
南国そのものの島の姿に、窓際の席のは思わず小さな歓声をあげていた。
「うわぁ……本当に綺麗……」
「だよね!来て良かったでしょ!」隣席の砂沙美は無邪気そのもの、元気容量が10GBを超えていそうな笑顔で親友に応える。
この、荒れた世間とは全く完全に徹底的に無関係なほどのほんわかのんびりしあわせいっぱいモードを発散している二人の美少女こそ、
実は何を隠そう周囲の方々が全然気づかないのはとことん不思議に思われるが、一部のお兄さんが他に代表される人々
に『自分は日本という国に生まれて本当に良かった!』と涙させるに充分な愛らしさを備えた魔法少女なのだった。
しかし取り敢えず今は、二人は仲の良い美少女というだけである(いや、それだけでも十分以上に大したものであるが)
やがて機はわずかづつ機首を傾け始める。砂沙美の視界から砂浜が消え、南洋の複雑な青が滑り込んできた。
『当機は最終進入賂(ファイナルアプローチコース)に入りました。まもなく着陸です。本日はアリスエアウェイを
御利用頂きまことに有り難うございました。皆様、窓の外をご覧ください。ウェーキファンタジアは皆様を心から歓迎いたします』
遠く海に見とれていた美紗緒の視界に、鮮やかな紅が僅かに横切る。
「うわ、可愛い飛行機……」旅客機を挟んだ形で見事なフィンガーチップ(3機による正三角形の飛行機の配置)を
組んだ複葉機が、くるりとおなかを旅客機の窓に向ける。
一拍置いてから、鮮やかな吹き流しがぶわさっと開かれた。
Welcome to Wake-Fan'Tazia,Here is the Final Paradise for every dreaming hearts!!
一斉に機内が歓声で満たされる。吹き流しを切り離し、見事なインメルマンターンで離脱したニューポール16に見下ろされながら、
アリスエアウェイ174便は、その尾翼に描かれたクロスボーンのマークを煌めかせながら降着輪をおろしていった……。
ウェーキファンタジアは世界初の多国籍大規模アミューズメントパークである。同時に多国籍国際空港であり、多国籍港湾施設と宿泊施設を有する。
居住する人間は各施設の職員とその家族その他をひっくるめて約17,000人に届き、そのほぼ全てが多重国籍だ。
多国籍。この単語がWFの特徴を表現するもっとも適した言葉だろう。WFは南太平洋上に構築された一大施設だが、そこは何処の国の
領土でもないと同時に、あらゆる国の領土となりうるのだ。メガフロート……極僅かであるが水上航行能力を備えた、史上最大の人工島が
その正体である。航行能力を有するが故に、この空港施設はヴェトナム、インドネシア、タイランドなどの諸国家が交代で自国領海内に引き込んで
自国のハブ空港としての運用が可能だ。今後のアジア諸国の経済発展には欠かせないと言われるハブ空港。しかし経済状況を考えればそう
おいそれと大規模空港を建設するわけにも行かない。彼らが注目したのが、日本のメガフロート技術だった。沖縄沖に建設が予定された
嘉手納代替ヘリポートとして試験運用されたメガフロートの技術を応用して、洋上の一大空港を建設する。順繰りに各国の領海内に移動させて
まず空港の運用ノウハウを確立しようと言うのである。停滞気味な経済への景気刺激策としても申し分ないこのプランは各国の協力態勢のもと、
無論日本の全面的な技術・財政のバックアップの元、進められた。これに目を付けたのがサーヴィス業界だった。多国籍を前提としている以上、
また空港という場所である以上、少なくとも宿泊施設は必須。であれば、ここがリゾート化できれば非常に理想的である。
そしてここまで方針が定まれば、後の話は急速に進展するのだった。砂沙美とが降り立ったこの地は、
そんな思惑が絡み合って産まれたある意味ご都合主義の権化のようなアミューズメントスポットなのだった。
んが、そんな諸事情は無論少女たちには全く完璧にどーでもいいことであった。砂沙美たちの来訪を幾つもの花火と南国特有の陽光が歓迎し、
気分を高揚させてくれる、はずだった。いや、現実に高揚させてくれた。
問題は、それをマイナスにまで引き戻すに十分なおまけがついてきたことだった。カウンターで自分の荷物がでてくるのを待ちながら、
砂沙美はため息をつく。
「て〜ん〜ちぃ〜〜〜」
「……天地お兄ちゃん、どうして魎呼お姉ちゃんが憑いてきてるのかな?」
「福引きが当たったとき、たまたまいたんだよ……」
「ちょっと魎呼さん、熱帯でべたべたしないでくださる?天地様も鬱陶しがっておいでですわ」
「……じゃあ、なんで阿重霞お姉ちゃんまでいるのかな?」
「俺の方が知りたいよ……母さんのカラオケがないだけ、ましだと思ってくれないか」
哀れな兄妹が額に青い縦線を走らせて、疲れ切った顔で力無く笑う。乾いた笑い声をよそに、カウンターでは到着後第1回戦、
不良代表とアマチュア格闘家のカードが始まっていた。まぁお腹がすけばそのうち二人ともホテルにくるだろうと、
砂沙美たちは一足先にチェックインすることにしてタクシーに乗り込んだ。
「ふわぁ…………」お話変わって和風で華麗なジュライヘルム。分厚い本を読みながら自室ではばかり無く盛大な欠伸をかます美女一名。
気を抜いていると上下の瞼がたちまち親密になってしまいそうになるのを、すっかりぬるくなった魔法番茶をすすることで何とかこらえている。
だが、そろそろ魔法タンニンの効き目も怪しくなってきていた。
折良く、ドアをノックする音。
「ねーさん、帰ったよ」「あ〜ちょうど良かったわ留魅耶、お茶を一杯……げ!」姉と違って上品な動作が身に付いている留魅耶にしては珍しく、
手ではなく体で直接扉を開けて入ってくる。それも両手一杯に、自分の身長以上の丈まで本を抱えていては無理もない。
「お茶、ちょっと待ってて………なに引きつってるのねーさん?」
「……なによそれわ!あたしはなにも地球本図書館造るつもりじゃないのよ!」
「ねーさんが買ってこいっていったんじゃないか。僕だってこんなに重いもの持ちたくないよ……
それに、これで全部じゃないよ姉さん」申し訳なさそうに留魅耶がつぶやく。
「………へ?」
「僕もこんなことになるとは思わなかったんだけど……あんまり多すぎるんで、警備に人に手伝ってもらったんだ……
もうすぐ来ると思う。フットワークって便利だけど、入り口までしか届けてくれないんだ」留魅耶君、君はどこでその本を買った?
「…………」
結局、本の搬入が終わったとき、部屋は半分近く積み上げられた本で埋まっていた。あ、決していかがわしい本ではない。
少なくとも買うのに年齢制限が設定されてはいない類の本である。信じてあげてほしい。
「……しっかし、地球人て本当に戦争好きねえ……」げんなりした顔と声で裸魅亜が本の頁を捲る。捲るだけで、読んではいない。
もうそんな気力は、彼女のどこにも残っていなかった。
「それは、僕も感じた。姉さん、この本を買うのに、別に僕は専門書店に行った訳じゃないし、大きな本屋に行ったわけでもないんだ……
美紗緒のいる街の普通の本屋を2、3軒回っただけなんだよ」
「それで、この量?読むだけで徹夜して来週になるわよ……」裸魅亜は新書サイズの本を一冊放り投げると、
指先のわずかな動作でその本を分子に還元してしまった。つまらない本、くだらない本というのは幾度も読んできた裸魅耶だったが、
さらに頭痛を覚えさせる本というのはこれが初めてだった。
「あ、やっぱりその新書、気に入らなかった?」
「気に入らないもなにも……何でこんなやつが直木賞取れたのよ。校正かけてるかどうかも怪しいもんだわ」
「かけてないと思うよ。頁ごとに登場人物や兵器の設定が違う有様だし」留魅耶がしれっと言い放つ。
「どーりでいい加減……ほかの本もこんなのばっかなの?」
「取り敢えずまじめな本も買ってきてあるはずだけど?」
「……2冊だけ読んだわ……眠くなったけど」言わずと知れた、『孫子』と『戦争論』である。前者はともかく、
後者は本当に眠くなる。少なくとも作者はそうだった。
留魅耶は切り出した。2日続けての本あさりで足が棒になっているが、取り敢えず聞いてみる。
だいたい裸魅亜の思いつきというのは迷惑なものと相場が決まっているが、その準備期間が長ければ長いほど、
その準備が周到ならば周到なほど、その迷惑さが増すことを経験で熟知している彼だった。できればしばらく羽を休めたいなと、
若くして苦労人の雰囲気を漂わせる留魅耶君なのである。思うだけ無駄だけど。
「姉さん、サミーを倒すのになんで地球人の戦争をわざわざ研究するのさ?」
「そりゃ、こと実力行使については地球の方が先輩だからよ」実際、戦争や動乱の年季は、ジュライヘルムは地球のそれに遠く及ばない。
人口の絶対数が少ないとか生来の気質の違いとかいろいろ原因は考えられるが、少なくとも一般的なジュライヘルムの民から見たら、
かくも殺しあいを繰り返す地球人は恐怖の対象ですらある。
「彼らの戦いの年季が違うわ。やはり地球人の魔法少女であるサミーを、同じく地球人であるミサに倒させるためには、
地球の戦法を学ぶべきなのよ。ワタシはそーゆー結論にたどり着いたの!」
「ねーさんなら素手で地球人と十分戦えると思うけど?」学習能力ないなあ、留魅耶君。
『ちぇいっ!』ほら、壁に埋まった。
「……で、でも、無理だと思うよ?」ぱらぱらと内壁の破片を撒き散らしながら復活する留魅耶。
「何でよ」
「だって現代の戦争は少なくとも飛行機とか戦車とか軍艦とか、凄い武器をたくさん使うんだ。
ねーさんそんなものもって無いじゃない。もしあったとしても、使えるの?」
「凄い武器、ねぇ……なるほど、これね」裸魅耶は床に散らばった本の中から、幾つかのプラスチックケースを拾い上げた。
FIREPOWERと書かれたロゴのバックに灰色の飛行機が描かれている。本屋でよく見かけるHowToビデオの棚にあった、
様々な兵器の映像を収めたビデオソフトだ。ケースは全部で20箱近く。
こりゃ当分はカウチポテト(死語?)だな。留魅耶はどーせ姉が本能的に口にするだろうとふんで手早くお茶とお菓子をトレイにセットすると、
ビデオに熱中しだした裸魅亜の傍らにそっとおき、取り敢えず自分がめり込んだ壁の破片を片づけだした。
「ごめん、魎ちゃん!」チェックインした砂沙美がまずしたことは、魎皇鬼を忍ばせておいたバスケットを開けることだった。
「あ〜、苦しかった……帰りの飛行機に乗るときは、縫いぐるみの真似をするようにするよ……」まるで麻薬の持ち込み手口である。
そんなことをしたら、少なくとも成田でかっこいい制服を着たお兄さんと個室で2人きり、お茶を飲みながら腹を割ったお話をする羽目に
なること請け合いである。しかも突然お兄さんの態度が豹変するから要注意。
「魎ちゃん、気分直ったら遊びいこ!美紗緒ちゃんも待ってるし……」
「うん……でも、良かったのかな?お母さん置いて来ちゃって……
それにもし僕たちが日本にいない間にミサがなにかしでかすようなことがあったりしたら……」
「ママは美紗緒ちゃんのお母さんと旅行に行くんだっていってたから心配ないよ。ミサのことは……多分、なんとかなるってば!」
「……砂沙美ちゃん、何の根拠もなく言ってるでしょ……」
「……魎ちゃん、ジト目はやめよ?ね?」
そんな漫才じみた展開がWFと皇の塔で進んでいた頃。砂沙美たちが楽しい時間を謳歌し始め、
裸魅耶が魔法モニターに食い入り始めたその日、その時刻。
日本最大にして極東最大級の軍事基地、沖縄は嘉手納基地に、見慣れない黒い大型機が着陸した。
その機体は着陸後速やかに格納庫に誘導され、乗員が降りてくる様子もなく燃料補給と簡単な整備を受けると、
再び大空へと舞い上がっていった……。
<2>
「それ」は新たな「眼」が自分に備えられたと感じた。
「眼」はなにを「視る」ためのものか?「認識」しなければならない。
しかし、なにも入ってこない。なにも「確認」できない。「認識」もできない。
従来からの「眼」を開いてみる。様々な「認識」が「それ」の中に滑り込んできた。
ということは、「認識」それ自体が誤っているわけではない、ということか。
「調整」の必要を、感じた。
だんっと最後のステップを踏み終えて、汗だくになった砂沙美がガッツポーズを決める。海が見下ろせる窓際のフロア、窓越しに
降り注ぐ陽光を汗が捉えて一瞬またたいた。スピーカーから流れていた日本に対してのデンマーク人の解釈の歪みを
露呈する歌が途絶えて、画面のカウンターがめまぐるしく数値を刻み、その左端にアルファベットが表示された。
Sが二つ、輪郭を誇らしげにフラッシュさせる。
『You're the Parfect Dance-Machine!』
「やった勝ちぃ!」
「砂沙美ちゃんすごいすごい!」魎皇鬼と美紗緒がそばで手を叩いて砂沙美のダンステクを誉める。美紗緒はこの手の
ゲームは体力的に無論出来ない。だから砂沙美の後ろ向きで本能的にステップを踏んでいくのに素直に感心していた。
その後ろでいかにも外人らしく(WFでは外人もなにもないのだが)オーバーなリアクションで頭を抱えていた長身の
プレイヤーが、美紗緒の差し出してくれたタオルの顔を埋めていた砂沙美を指さして何かわめきだした。
「え、この人なんて言って……」
「もう一回勝負しろって、今度は、え……その……」真っ赤になる美紗緒ちゃん。顔をうつむかせたまま、指先で画面を指し示す。
「えと、あ、LittleBitchかぁ。え、なんで美紗緒ちゃん恥ずかしがってるの?」
……砂沙美ちゃん、後で英和辞典を引いて見ようね。
ちなみにこの難癖をつけてきたあんちゃんは完膚なきまでに点差をつけられ、さらにBoonBoonDollarの
MANIACで止めを刺された。けっこう砂沙美も鬼である。
定番であるダンス後のアイスを口にしながら、
「美紗緒ちゃんは?踏まないの?」
「うん……ちょっときついかな。でも。砂沙美ちゃんの踊ってるの見てるとすごく楽しいから……」
「う〜ん美紗緒ちゃんも楽しめないと砂沙美もつまんないよ……そうだ」砂沙美はとてとてっと壁際に走ると、
壁の一部をばくんと引き倒した。今いるアミューズメントセンターのこのフロアは壁のいくつかに端末が格納されていて、
ユーザーに情報サービスを行っている。概してこういう代物を使いこなすようになるのは子供の方が圧倒的に大人よりも早い。
砂沙美以外にも、壁のそこここでゲームの検索だの待ち合わせ場所だのをチェックしている様々な子供や大人がいた。
「あんまり体力を使わないで、楽しいゲーム、っと……美紗緒ちゃん、こんなのってどうかな?」砂沙美が指さしたのは
オンライン・ドッチボール。WFの目玉の一つ、世界複数のアミューズメント施設を専用の通信回線でリンクして行われる
対戦式の体感ゲームで、ボールを持ったり投げたりする感覚を再現する専用の肘当てや膝当てや手袋を着用してプレイする。
感覚強度は自由に設定できるから、これを小さく設定すれば美紗緒にもプレイするのに特に問題はない。
「う〜ん、わたしにも出来るかな?」
「ま、見て見ようよ!」半ば強引に美紗緒を引っ張る砂沙美。しかし美紗緒はそういう元気さあふれる砂沙美が大好きだった。
自分にないものを持ち、それでも自分に素直に優しく接してくれる無二の親友。いつまでもこの楽しい時間が続けばいい……。
笑顔で走っていく二人の少女、それをユーモラスに追いかける、ウサギとも猫ともつかぬ小動物。WFには、当然ながら玩具の
販売店も多く、様々な手の込んだおもちゃが販売されている。実際に平均時速2.75km/hでそくてんしようとしてしそこなうたれぱんだ、
けなげに動き回り飄々とひらめいてそうなモモなどが売られ、そこここで愛嬌を振りまいていた。だから、少女たちがちょっと自然界では
不自然な小動物をつれていようと、彼女たちを黒い鳥がぱたぱたとつけていようと、不信に思う者はいなかったのだ。
話は数時間前に遡る。本とビデオの山に埋もれた裸魅亜は、どこから持ち出したのかノートPCらしき物を一心不乱に操っていた。
やがて鷲羽並の凄まじい移動速度を発揮していた指の動きがぴたりと止まる。達成感と脱力感を同時に味わいながら、
裸魅亜は身体をのけぞらせて体重を本の山に預けた。
「留魅耶ぁ〜、いよいよやるわよ〜」さすがに声に張りがない、目を深紅に染め上げた、デバッグ〆切数時間前のプログラマの
ような様相に成り果てた裸魅亜様である。既に魔法番茶程度では眠気を吹き飛ばすことは適わず、魔法ピップタウロポンを
数本一気のみするという荒技は、確実に普段のお肌の美しさを蝕んでいた。
「無茶なビデオの見かたするからだよ………子画面操作にもなれてないくせに……はぅわっ!」お約束だな、留魅耶君。
天井とキスした気分はどうかね。
「で、今度はどんなこと考えたの………何これ?」なんとか天井に填り込んだ頭を抜き出して、留魅耶は本の山の頂上におり立った。
普段は広く感じる裸魅亜の部屋だが、いまは半分以上が資料に埋もれている。
いつの間にか明かりが落とされた部屋に、地球の全球図が満ちていた。細かい雲まで再現されたその姿は、
留魅耶には見慣れたものだ。違うのは、その地球の周りにさらに幾本かの円と楕円が示されていることだった。
「……人工衛星の、軌道?」
「そう。正確には、偵察軍事衛星の軌道ね。その中でも特に光学処理能力が高い奴をピックアップしたものよ」示された軌道は、
いずれも地表かなり近くを這うような高度だ。円軌道ではだいたい高度300〜500kmくらいか。この高度でならばかなり精密な
写真撮影や合成開口レーダによる探査が可能だろう。
「この偵察衛星群に、24時間態勢でサミーを監視させるのよ!」
「……そんなの津名魅さんが四六時中見てて……わあっ姉さん僕が悪かった、悪かったからテーブルを担ぎ上げるのはやめてぇ!」
「わかればよろしい」片手で持ち上げるとは……さすが女王候補。第2だけど。元だし。
「いーい留魅耶、今回のタネはあくまでも衛星にサミーをつけ狙わせることにあるのよ。しかもこれはあくまでも最初のステップにすぎないわ」
プレイの申請手続きを済ませ、個人更衣室から出てきた砂沙美と美紗緒は、登録端末からのびている人の列に並んでいた。
並んでいる人たちは、手袋やゴーグルなどの装備品以外は基本的に自由だが、やはりこの手のゲームは動き易い格好が
いいのはいうまでもない。準備がよい者は自前でウェアなどを持ってきているが、初心者には幾種類かあるウェアを自由に
選択することができる。砂沙美は膝まである短パンに赤い縦ストライプのスポーツシャツで決めている。
「砂沙美ちゃん、それ、違うスポーツだと思う……」砂沙美ちゃん、ボールを蹴りながら走り出したりしないかなあと
少々不安になる美紗緒である。本場イタリアでも人気が出るだろう、多分。
ちなみに美紗緒は、単純に動きやすいと言うことでごく当たり前のTシャツと膝ジーンズという格好である。
「えへへ〜〜、一度着てみたかったんだこういうの。これが一番動き易そうだったし。美紗緒ちゃんもなかなかセンスいいじゃない」
「あ、ありがと……」
たわいもないお喋りをしているうちに、列の前へと少女たちは移動していく。
やがて、二人は流暢な日本語を操るコンパニオンに教えてもらいながら、登録を始めた。
まだ、なにも「認識」できない。既に新しい「眼」を持って時間は経過しているのに。
「眼」のうちのひとつ、光学センサが捉えた認識がそれを示している。あの大陸の位置は、
自分が既にこの惑星を2回以上周回していることを示している。
まだ、「調整」が足りない。このままではこの「眼」を無駄にしてしまいかねない。
だが、この「調整」が間違いではないはずだ。すべては規定のシークエンスの通りに実行したのだから。
現状では、この設定で「視る」しかない。
「それ」は、とりあえず「視る」ことを始めた。
「……跡けるのは解るけど、狙うって?今の衛星に対地攻撃なんて出来たっけ?」
宇宙の軍事利用は基本的に偵察以外は禁止というのが建前である。実体はどうだかわからないが。
「ふっふっふ、攻撃を仕掛けるのは衛星じゃなくてもいーのよ。衛星からの攻撃指示で、ミサイルは発射されるし爆弾は誘導されるのよ」
「あ、なーる……って、危ないじゃないかそんなの!」
「なに言ってんのよ、サミーを何とかしなきゃ、もう後がないのよ!留魅耶!」
「やだからね!美沙緒が巻き添えになるじゃないか、絶対ミサには……」
「残念ね、その逆よ」
「へ?」拍子抜けする留魅耶君。
「残念だけど、地球の衛星じゃ、顔や体格の判別までは出来ないのよね……だから、一旦目標をロックオンした後ならばともかく、
まず最初の捕捉はカメラに頼るわけにはいかないのよ……だから最初は、魔法粒子(イマージン)の反応を探査手段に使うわけ。
美沙緒をやたらとミサに変身させない方がいいわよ。迂闊に変身して盛大に魔法粒子反応を出してみなさい、
代わりにロックされちゃうかも知れないから」
「げ!」
「そーゆーわけで、今回はミサには動いてもらうつもりは無いから。
うふふ、これでサミーはおしまいよ………うふふふぅぁぁあーっはっはっはっ……」
かつて弟をして卑劣で陰湿と言わしめた女王第2候補(元)の高笑いはもはや近辺ではおなじみのものである。迷惑だが。
「……どーせ僕は不幸の星のもとに産まれたのさ……」とりあえず、ミサへ変身させなくていいっていうのが幸いかな、
留魅耶はそう一人ごち、自分を慰めるのだった。
きっと夕日があれば、ばかやろーっと叫んでいただろう。
「見つけた」
「視る」感度を最大に上げて、それはようやく引っかかった。
しかし、設定目標のデータと比較して、あまりに微弱な反応だ。
しかも2つ確認できる。データでは目標は1つ、とされている。
だが、この反応は間違いなく、新たな「認識」の対象だ。
「それ」は、新たなデータを欲した。目標に関するデータが齟齬を示している以上、多角的な検討が必要だ。
新たな情報源はどこかにないか。
ある。あの二つの反応、その箇所からレーザが延びている。情報源としては申し分な い。
レーザの経由している衛星の一つに、非公式にデータ供給を求める。
莫大なデータが、洪水のごとくなだれ込む。
この濁流の中から、目標に関するデータを抽出しなければならないのだ。
身長体重、視力聴覚に座高。
握力は、ジョイスティックを握りしめて計測。
最後には好きな言葉や好みの異性のタイプまで登録して、やっと「これで、いいですか?」の表示がでた。
「砂沙美ちゃん、終わった?」
「あと写真だけ……なんかプリクラみたいなのかな?」
「ううん、顔だけじゃなくって、前後左右から撮るんだって……登録したら自動で撮るみたい」
「なんだかなぁ……」いいかげん登録操作に飽きていた砂沙美は、無造作にYES!を選択した。
美紗緒と「いっせーのぉせっ!」で調子を合わせながら。
来た。
2つの反応に関するデータだ。かなり詳細なデータだ。
両者とも反応の強度は似たようなものだ。続いて関連項目の比較に移る。身長、体重、座高、体力、
さらに添付された映像データから髪の色、瞳の色まで比較する。
比較はさらに進む。様々なデータを取り込み、あるいは捨て去りながら。
幾段階もの作業を経て、「それ」は結論した。
結論したのだ。
あとは、具体的な方策を検討すればよい。
「……妙だな」画面の片隅に奇妙な表示を見つけたカティ=サーク少尉は、トグルやスイッチをこつこつと指先で叩いてみた。
時計はもう夜食が支給されてしかるべき時刻を示していた。時間に関係なく常に稼働していることを要求されるCICには、
優先的にミールボーイが朝昼晩と夜食を届けてくれることになっている。
だが、カティ少尉は、普段ならば歓迎すべきその夜食を脇に置いたまま一心不乱に計器をいじり続けた。表示は消えない。
「どうした少尉、こいつが気にいらんか?」黒人にしては小柄な大尉が、カティに近づいた。
「ああ、飯ですか?気がつかなかった。今夜は何です?」
「チキンサンドとトマトスープだ」
「……マヨネーズありの奴ですか?」
「おまえのだけ別だよ。マーガリンのみになってる」
「そいつは有り難い……大尉、指揮支援の異常を報告します」
「何?」柔和な表情を消し、大尉はカティの前のディスプレイを覗き込んだ。
「何らかのデータが転送されてきていることは間違いありませんが、差出人のレベルがパープルです。
しかも転送先が、設定されていません……データは全部、単なる空き容量に書き込まれているんです」
「そりゃあ……これはイレギュラーなんだな確かに。分かった、適当に将官を呼んでくる。
お前はデータが下手な場所に書き込まれないか注意してろ、え?」
転送終了のサインが出ると同時に、表示されてはいけない言葉が羅列される。
彼らは精神すらも硬直させて、タイプされた言葉を見つめていた。
『All Weapons,Free. 』
それは、結論したのだ。
両者の識別は不可能である。
確実な任務達成のためには、両目標の排除が最適である。
二人を、消滅させる。
<3>
米第7艦隊所属、巡洋艦“モービル・ヴェイ”は沖縄沖を単艦航行中だった。本来ならば基幹となる太平洋艦隊に随伴し、
防空・対潜警戒の一翼を担うのだが、定期検査を終えたばかりのはずのガスタービンが駄々をこねたために投錨していたのだ。
彼女の心臓が息を吹き返してから、まだ1時間も経っていない。遅れを取り返すために高速発揮航行を続けていた同艦にを
再び見舞ったトラブルはより、いや遙かに深刻だった。
「デネブからの攻撃指示です。自動照合はクリアしてます、アルハ・ロメオ・ズールー・ズールー・タンゴ・ノヴェンバー・パパ・インディア、
3.6.4………対地精密攻撃コード、14号です」
「デネブからの正式な指令です」
「照合、かかれ!」正式に戦争状態になるならばともかく、平時にミサイル発射指示を受けたからといって個艦判断でいきなり
発射することはない。太平洋艦隊司令部や本国の国防総省海軍部に照合をとるのが通例である。
「嘘であってくれ……アクションはフリーズだ、押さえ込め!」
「駄目です、弾頭が『熱く』なっていきます!1,2,3,4です」
「押さえ込めッ!………照合はまだか!」
「だから、そーゆー話からは一切関わりたくないの。こっちゃ忙しいんだから……」お話変わって、こちらは日本。流暢な英語で、
そのくせ決して上品とはいえない単語を連発した後、叩き付けるようにして彼女は電話を切る。だがその電話は一般人の『電話』の
センスからはかけ離れたデザインをしていた。なぜ自爆装置などが付いているのだろう?
「そりゃ、科学者の心意気ってもんよ」どこが心意気なのか、本人以外には理解不能だろう。やはり、天才を定冠詞にするひとの
考えることはよく分からない。6歳でMITを卒業しただけのことはある(意味不明)
鷲羽先生は忙しいのだ。魔法の解析は、彼女が初めて出会った、生涯を冗談半分に賭けてもいい程の研究対象なのだ。
一時も研究の手を休めることはできない。馬鹿電話につきあってたおかげで、やりかけのデータ整理作業をどこまで進めたか
わからなくなってしまったから苛立ちも一塩である。
「ったく、せっかく157ページまで整理したのに……項目が全然わからなくなったじゃない!こーなったら時系列で資料を並べようかしらねえ」
などと超整理法の導入を考えていた時である。愛用のPOWERHEARTUのディスプレイの一角にウインドウが開き、警告の表示を点滅させる。
「あーらら、いつかもこんなことがあったわねぇ。まーたビフのお馬鹿さんがお悪してるのかしら?」天才特有のにんまぁとした笑みを浮かべ、
PHの前に腰を下ろした鷲羽ちゃんの指が縦横無尽にキーボードの上を踊り始める。速い。これならば五番町飯店の厨房で
ゴーマンかましている少年に対抗出来るかもしれないほどにその指使いは鮮やかだ。
「……魔法のエネルギーを探している、他のやつ?人の研究対象を横取りしないでほしいわねぇ……ん、なにこれ」この新たな探索者は、
その発信元に関するデータを一切公開しないまま、鷲羽のPC以外にも実に数千カ所の端末にクラッキングをかけている。
しかもクラックし終わったあとのアクセス記録の書き換えも、細かい時間数値ごとにきっちり前後のつじつまを合わせている。
いたずらにしては気合いが入りすぎていた。
「逆探知、してみるか。ほいほいっと」
鷲羽ちゃん特製の隠しプログラムが動き出した。世界地図が表示され、逆探知の結果が中継点として表示される。
コーポデストラクションから延びたラインは市内からいったん北京を経由し、モスクワ、ベニス、ロンドンにたどり着いた後で衛星軌道へと跳んだ。
そのまま衛星づたいに地球を一周、ブエノスアイレスから再び地上波へ。ランダムに選択したのだろう、鷲羽ちゃんが契約しているプロバイダの
サーバからいくつかのワークステーションと民間の情報配信ネットを経由した侵入ルートは錯綜を極めている。
「こんだけあちこち経由したら、即応なんて難しいだろうに……」しばらく南米を東西に往復していたルートは再び衛星軌道に上がり、
今度は北欧を迷走する。スピッツベルゲンから3度舞い上がったルートは無人なはずの人工衛星で停止した。
ここから直接通信プロトコルが出ている。間違いない。
「こりゃ計画途中で放棄された衛星じゃないの?確か……ああ」鷲羽ちゃん、さも当たり前のように合衆国空軍の
自動防空(バッジ)システムを呼び出した。ばれたら重犯罪である。
「デネブ、ね。こりゃマニピュレータまで備えた万能衛星か。偵察、通信、敵衛星捕獲機能を有するも、ケミカルレーザは未装備、と」
旧ソヴィエトが人工衛星に搭載するレーザとして自由電子レーザを選択したのに対して、合衆国はフッ素と水素の
化学反応を発振源とするケミカルレーザを開発目標とした。必要とする電力が比較的少なくて澄むという利点の反面、威力に劣る。
その欠点を改善している間に冷戦は終結、計画は無期限凍結された。そのためデネブは機能の一部を民間に供与し、
わずかながら投入資金の回収をはかっている。
「で、衛星風情がなにを……」鷲羽ちゃんはデネブの過去48時間の探査記録を強制ダウンロードし、読み始めた。
不審に思った箇所をマーキングし、データ処理のプロセスまで読み込む。
作業が終わったとき、鷲羽ちゃんは珍しい表情をしていた。
蒼くなっていたのだ。
仮想とはいえ、やはり太陽の光の元で汗を流すというのはここち良い。造られた光であるがゆえに、
その光のなかで美沙緒が苦しがるようなこともない。
「美紗緒ちゃん、ボールいったよーっ!」砂沙美の声に、美紗緒は軽く地面を蹴った。普段とは比較にならないほど小さな筋力で
四肢を動かす美紗緒は、素早く飛んでくるボールを真正面に捉える。少女はサポーターをつけているとはいえ、
身体を動かすという普段味わえない快感を噛みしめていた。
「うん!って……どうしよう!」
「美紗緒ちゃん、真上に打ち上げて!」とっさの砂沙美の言葉に、なにも考えずに両の掌で強引にボールを弾きあげた。
確かな衝撃の後、ボールは宙天に舞い上がる。
「おっけ、あとはまかせて!」砂沙美はそのまま美紗緒のいた場所まで突進、落ちてきたボールをしたたかに打ち返した。
水平に突進したボールはそのまま対戦チームの一人の少年を捉えた。ぼすっという音とともに少年は見事にひっくり返る。
こけた少年からぽろりとボールが転がり落ち、甲高い笛の音が響いた。
一点目を決めた二人に味方チームの面々がそれぞれねぎらいの言葉をかける。
「へへ、どーもアリガト、って多分通じてないな……なんて言ってるのかなぁ……」
外国語会話を理解するなど夢のまた夢な砂沙美には、相手を表情とボディランゲージで理解するしかない。いまはそれで十分だったが。
口笛を含んだ声援に笑顔を返しながら、砂沙美は美沙緒の動きをどうフォローしつつ相手を仕留めていくか考えていた。
あまり相手陣地の選手を狙いうちしつづけても、外野があまり増えれば味方陣地が3方向から間断なくボールを打ち込まれることになり、
美沙緒がそれをよけきれるとは思えない。あるいは、ある程度勝てそうになったら自爆して、はやめに相手陣地の外野に回るか。
とにかくも砂沙美は美沙緒と一緒に、勝つことを考えている。真剣に。
自分が外野に回る前に、どの選手を倒しておくべきか。普段余り使わない頭をフルに回転させて、砂沙美は相手チームを一人づつ
見据えていった。結局、考えはまとまらなかったけれど。
通信士官の良く通る声がCICに響いた。
「照合終了、ホノルルは発射即時中止を命令しました!」米太平洋艦隊の司令部はハワイのホノルルにある。
「本文、ミサイル発射命令はデネブの誤作動によるものと推定される。モービル・ヴェイはミサイル発射即時中止、
火器管制より1から4の衛星回線を封鎖せよ。なお本命令は全艦艇に通達される」
「よし!」コンソールの前にいたオペレータの全員が胸をなでおろすか歓声を上げるかした。既に命令があり次第中止コマンドを
打ち込んでよいとされていたので、各員は指揮官の命令無しにそれぞれの作業を直ちに初める。それぞれの指の動きに連れて、
ホット、すなわち発射準備態勢に置かれていることを示す赤い輪郭のミサイルの画が、一つ二つと青く変わっていく。
ふいにカティの顔がしかめられた。
「7番と9番がキャンセルを受け付けない!カウント継続中!」
「……!目標座標データをリセット!」
「リセットされません!いえ、リセットしてもBITSが立ち上がって修復します!飛翔経路も設定のままです」
「点火タイミングはマスターか?」
「既にスレイヴ!ミサイルは独立して発射態勢を継続しています!」
「くそぅ!かまわん、ハッチを開けさせるな、エアモータをぶちこわしてでも止めろ!」ミサイル発射筒の上部ハッチは空気圧駆動の
モータで開閉する。だがそのモータ及び連結パイプやホースは当然耐久性を高めるために強固に造られ、しかも機器の最奥部に
配置されている。だが機械的にミサイルを発射不能にするのはこれしかない。ミサイル本体の破壊はこれよりさらに困難かつ危険な作業だ。
「ランチャー付近の作業員、手斧でホースをぶった切れ!現在VLS7番と9番が暴走状態にある!畜生、この暴れ馬め」カティは既に
ミサイルにロードされたデータを取りだす作業にかかっていた。最悪ミサイルが発射された場合、
どこを目標にしているのか判明していなければ、対処のしようがないからだ。
結果が出た。ミサイルはその目標捕捉精度を限界まで上げていた。まるで核関連施設への超精密攻撃でも行うような、
細かい緯度と経度に加えて高度までコンマ一桁まで指定されている。直ちにその数値をマップ化し、カティは悲鳴を上げた。
「攻撃目標はウェーキファンタジア東南部の建築物、おそらく5,6階部分と推定される位置です!完全に民間施設だ!」
「……民間空港のすぐそばじゃないか!しかもヘッドはFAEだって?」
「開港イベントの最中です、おそらく目標には数万単位の民間人が……」
「……ホース切断はまだか!誰でもいい、ミサイルを止めろ!くそったれ、魔女の婆さんの呪いだ……」
コール一発で電話がつながった。
「Mr.Willy,Here is Wasyuu-Kobaya……」最後まで言い終わる前にあっさりと望みの相手が出た。
「プロフェッサー鷲羽!どうしてここの電話に直通でかけられるんです!」
「あらウィリー、天才にそんなことを訊いちゃ駄目よ?時間がないの」トーンを幾らか落として鷲羽は言葉をつづけた。
「さっきの特許の話し、考えてあげるわ」
「本当ですか?」
「但し、幾つか条件を呑んでもらうわ……多分貴方達にとっても悪い話じゃ無いはずよ。困ってるんでしょう?
太平洋のどこかでお馬鹿さんになった軍艦に。おっと、取り敢えず詮索は後回し!取り敢えず迎えをお願い。
そのまま横田から現地に行くわ。F/A-18を一機、都合して置いて」
数分後、受験勉強に精を出すかわいそうな人がいるというのに、
迷惑を顧みずナイトホークがコーポ・デストラクションに降下してくるのだった。
「信管が完全に“熱く”なりました!Tスタート、Tスタート!」時限信管が作動。ミサイルの発射から命中まで、
数十分の一秒単位まで定められたシークエンスを示す縦一列のランプが次々と黄色く点灯していく。これが進行し、
あるランプにそれが達すると全てのランプが黄から深紅に変わる。そのランプにはLAUNCHと刻まれている。
そして縦列の最下部にはKill the targetの文字。
「ホースはどうした、モータをハンマーでたたき壊してもかまわん!」
「こいつはもう製造中止なんだよな……レキシントンにもあるかどうか……」
「言ってる場合か!カウントは?」
「Tマイナス30、変動あるけど減っていきます、経由ポイント設定無し、慣性データ入力済み、衛星航法を使うつもりです!」
「……基部から報告、作業員が管賂区画に突入開始!ホース切断作業開始、手近な奴から引きちぎっているそうです」
「ようし、間に合え、間に合ってくれ!」
「ハッチ、開放時間です」
その場にいる全ての人間が、艦上モニターを注視する。碁盤の目のような垂直発射管のふた、
そのうちの二つがぐいっと何かにこじ開けられるように、あるいは酸欠気味の二枚貝のように45度に開かれる。
と、9番のハッチが力つきたかのように、閉じた。空気圧の支えを失ったシリンダーがバーを筒内に呑み込んでいく。
しかし、7番は間に合わなかった。90度に、垂直に開かれたハッチの内側には黒いゴムの円盤が露出している。
その下には円盤を突き破って飛び出すべく、現時点で最高レベルの技術を盛り込んだ兵器が目覚めの時をいまやおそしと待っていた。
……そして、ランプは紅く染まった。
カティはその時、普段の彼の人となりからは想像もつかない悪態をついた、という。だが、彼は知らなかった。ほぼ同時刻に、
同じ思いこめて吐き捨てた人間が他にもいたことを。
その災いは、モービル・ヴェイとほぼ質的に同じだった。元凶は、同艦の北方、沖縄とよばれる島の上空である。
数十分後に襲いかかる運命を、少女達はまだ、知らない。
<4>
視界の中には、青以外の色彩は存在しない。それでいて一時たりとも同じ様相を見せることはない、南洋の海と空。
もし海面に寝ころぶことが出来たのならば、はるか高空を、一条の白い飛行機雲がゆっくりと進んでいくのが目に留まっただろう。
穏やかな、実に穏やかな光景だ。
だが、もしも、ずば抜けた視力を持つ者が、その白条の先にある物体を見極めることが出来たなら。
その者は、間違いなく戦慄するはずだ。
MagicStormRising Episode-4
「着弾予想時間出します」巡航ミサイルのミッションには、専用のコンソールとディスプレイが準備されている。READYの文字が並ぶ
番号表の中、7番だけがめまぐるしく変化するカウントダウンを表示した。着弾予想時刻は、約52分後。
「ウェーキへはホノルルが警告を出すそうです」
「解った……他のミサイルは全ておとなしくしているのか?」艦長はここ1時間に満たない間に発生した事故を認識できているか、
自分に自信が無かった。巡航ミサイルの誤発射、しかも民間施設に。目もくらむような失態だった。
「いえ、必要諸元をカットしているので発射はフリーズしていますが、下手を打てば直ぐに熱くなるでしょう」
「……ハッチをロックしろ。ロックした後、ケーブルを切断、封印する……くそう、何でこんな事に………ヨコタからコードはまだ来ないのか!」
吐き捨てると、悪夢を映し出す戦況ディスプレイにかすむ眼を向ける。自艦からウェーキへ描かれた薄緑の複雑な曲線、
そして曲線を忠実にたどり、後方の線を紅くしていく鋭い二等辺三角形。紅い三角形が何を示すかはいうまでもない。
「艦長、ヨコタ(横田在日米軍総司令部)より通達。ミサイルの迎撃ユニットはコース上に存在せず。
コードアルファの使用を許可するとのことです!」
「あれれれ?」
双方コート内に2人ずつを残すのみという局面で、ふいに周囲が明るくなった。強い光が去った後、チームメイトの姿はかき消えている。
しばらくほけーっとしていた砂沙美は、たどたどしい日本語のアナウンスを辛うじて聞き取って、
何かの理由でゲームが中断したことをどうにか飲み込んだ。
砂沙美は顔の半分を覆うほどの大きさのバイザーをむしりとった。インカム以外のサポーターやリストバンドを剥ぎ取りながら、
直ぐ隣の部屋にいるはずの親友に大きな声で話しかけてみる。
「あーもう、美紗緒ちゃん、聞こえる?そっちもゲーム終わっちゃった?」
「うん、どうなっちゃったんだろう……」大きめのバイザーをはずし、流れ落ちた黒髪にまとわりつく汗を手の甲で拭いながら、
美紗緒は急いで服を着替えながら壁越しに聞こえてくる館内放送に耳をそばだてたが、様々な言語で同じ内容を多重放送しているらしく、
かえってなにをいっているのかわからない。ただ、あわただしい足音が行き交うのが美紗緒をわずかに不安にさせる。
早く着替えてここを出よう、そう思っていそいそと腕を服の袖につっこんだとき、
美紗緒の耳がくぐもった壁越しの放送からラケータという単語をとらえた。
ラケータ、何処の言葉だろうか?動作を止めずに反芻する。多分響きからいってロシア語だろうけど……ううん、
いまはそんなこと考えている場合じゃない。頭を振り、扉をあわただしく開ける。そこには親友がいる。
無二の、友達が、無邪気な笑顔で自分を迎えているはずだった。
美紗緒は、砂沙美が始めてみせる表情に驚いた。
なにがあったのだろう。
いつもならば、その表情を浮かべているのは自分だったはずだ。悲しいことがあったり、
いじめられたりした時、自分は何度となくこんな顔をしていた。
砂沙美ちゃんが、泣きそうになってる。半べそをかいてる。
美紗緒は、自動ドア越しの顔をしばし信じられないものを見るように、呆然と見つめた。
二人を押しのけるように人々が先を急ぎ、あわただしく駆け抜けていった……。
「どーなってるのよ!あたしは攻撃指示までは出してないわよ!」あわてたのはこの方も同じだ。
最近自室に備えた幾多の魔法晶には24時間つけっぱなしでCNNをはじめとする地球の衛星回線を失敬している。
そのうちの幾つかが示しているのはカティ達が視ているのと内容的には同じものだ。
先ほど留魅耶には現状を伝えたばかりだ。さすがに今回の手違いには心が痛む。留魅耶は一瞬絶句した後、
絶対に本人の前では口にしない言葉を吐いて通信を絶った。いわく、姉さんの大馬鹿。
状況は最悪だ。今、地球上に存在するありとあらゆる魔法粒子の発生源は暴走したデネブの攻撃対象とされている。
しかもそれは精密攻撃ではなく、無関係な一般市民をも巻き込みかねない攻撃オプションを選択した。
とりあえず裸魅亜はトライアドと称される戦略攻撃オプション、すなわち米国の核戦力の三本柱(大陸間弾道弾、戦略爆撃機、
潜水艦発射弾道弾)をNORADから一定時間無効化したが、各艦各機単位までは手を回すことが出来なかった。
もはやすべてが暴走している。本来、とりあえず追跡監視だけをやろうとした軍用ネットへの魔法処置介入は、
本人も意識しないままに攻撃的なものへ変化してしまった。いまやデネブはわずかな魔法反応に最大規模の戦術攻撃をかける姿勢を
見せている。地球人も必死にその手綱を締め直しているようだが……。各回線が彼らの手で閉じられていくにつれ、
裸魅亜の出来ることも少なくなっていく。強制的な介入もできるが、時間的な余裕のなさと、これ以上の現場の混乱を考えると、
あまり実行のメリットはない。それでなくともトライアド停止のつじつまを合わせるだけでも困難を極めた作業だった。
「ミサイル着弾まで、あと45分か……ええぃ、あんなミサイル一発落とせないの?全く、どうしてこんなことに?」
今回の作戦があまりにも粗雑だったのか、それとも他の理由かもしれない。詮索するのは後、
と割り切ろうとしてもどうしても思考がその方向に行ってしまう……気持ちを落ち着けるにはもう少し時間が必要だ。
だが、今、その時間が無いのだ。ディスプレイ上のカウントは無情に時を刻み続ける。
着弾まで、43分を切った時点で、裸魅亜の額の筋は一気により長く、蒼くなる。
「あ゛あ゛っ、増えてるっ!!」
モービルヴェイの戦闘指揮所にいる全員が、我が耳を疑った。ナハから送られてきた要請は常軌を逸したなどというレベルの物ではなかった。
カティは生まれて初めて、無意識に神に祈った。どうか我らに慈悲を。罪なき人々へ、罪を犯す我らへ。
「いったいどうなってるんです!空軍も海軍も発狂したんですか?それともウェーキでバイオハザードでも起きたんですか?」
「そんなわけがあるまい。命令は正式なものだ……せめて汚名を雪ごうではないか。対空戦闘用意、対空レーダを起こせ。
SM−2に灯を入れて待機だ、ファランクスも使うかもしれんぞ!対地攻撃兵装以外はフルに使うことになる、急げ!コードと同時作業だ」
「畜生、ブラックマンタめ、空飛ぶステーキ皿め!クリスティーンって呼んでやるぜ」趣味でS・キングのペーパーバックを全巻艦内に
もちこんでいる技術曹長が、慣れた手つきでコンソールのピンを抜いて回る。熟練者にしかわからない配置で、
ピンの抜き差しを終えて対空兵装管制システムを起動させ、来るべき疫病神に備える。
「他艦でミッション遂行可能なのは?」
「本艦より方位1−8−5と2−0−0、距離25000にベルナップとクンツ、さらに後方15000、スプルーアンス……
揃いも揃ってロートル……、あ、あとカッシングが参加できます」
「ヘルナイツより入電!目標インサイト、ベクター0−4−5、距離出します。ナハからのコース通りです」
「コード着信しました、照合にかかります、回線を開いてください……」
あわただしくなった指揮所のスタッフ達の動きを見つめ、艦長は副官にゆっくり話しかけた。
「副官(ナンバーワン)、こんな屈辱を受けたことがあるか……合衆国の誇るこの戦術指揮支援システムが、こうも脆く……」
「艦長、自分は二度目です」
「二度目?」
「自分はここに配属になる前に、日本でTEAM,the Married Womenと名乗る戦力と接触したのです………
このミッションが終わったらお話ししますが、この前後の見境のない挙動、今回の事態とあの一件とはあまりにも似通っているように
自分には感じられます……いまはとりあえず、この2つを叩き落とすことに専念しましょう。少なくとも恥を2回かくよりはましなはずです」
艦長は無言でうなずく。そうだ、自分の経歴は終わりかもしれないが、軍の失態の拡大をわざわざ助長することはない。
副官が差し出したマイクを握りしめ、ゆっくりと、威厳を際だたせた口調で、彼は全艦放送を始める。
通りすぎるほどよく通る笛の音がすべてのスピーカーを震わせた。
『諸君、こちら艦長だ』
「ねーさんの大馬鹿ぁぁぁぁぁ!」建物中とは思えないスピードで留魅耶は飛び回った。人混みの中に、ひたすらに黒髪の少女を捜して。
しかしパニックを起こしかけている群衆の群は美紗緒を見つけだすにはあまりに濃密すぎ、またその動きは激しすぎた。
「ええぃ、それに逃げるったって……安全な場所ってどこなんだ?」裸魅亜が送ってきた情報を見て、留魅耶は慄然した。
巡航ミサイル誤発射、目標は砂沙美と美紗緒、しかも弾頭はFAE!
燃料気化弾と呼ばれるそれは目標に到達すると、まず周囲に酸化プロピレンと酸化エチレンを周囲に噴射、
半径数十mに散布完了した時点で信管が作動する。その結果、霧状になった液剤は瞬間的に発火、周囲に高温をまき散らす。
急激な燃焼は爆心の空気から一気に酸素から片方のOを奪い、酸素はあらゆる生物に対して有毒なガスとなり果てる。
さらに急激な気圧変化は爆発的な突風と衝撃波をもたらす。
つまり、数千度の高温と直撃すればコンクリートを簡単に粉砕する衝撃波と吸えば瞬時に窒息死するオゾンの
ただ中に砂沙美と美紗緒は放り込まれる……留魅耶はこの手の知識を無理矢理頭に詰め込んでいたことを後悔した。
「建物の中?いや、爆発が近ければ破片でやられるな……地下か?、いや、ガス対策が出来てなければかえって危険だ……
でも屋外にいたら確実に……!」焦りだけがつのる留魅耶の視界に、探し求める少女よりも遙かに特徴的な髪型が飛び込んできた。
人混みに隠れて見え隠れする二筋の青い流れるような髪。
留魅耶は迷わずにその髪を目指して羽ばたいた。
『たった今、ナハ駐留戦略空軍から緊急連絡が入った!
オキナワで評価飛行中であった次期戦略無人偵察攻撃機が突然指揮下を離れ……
不慮の事故により、対地巡航ミサイルAGM-86Bを発射してしまった!』騒然とする艦内。だが続く言葉は、さらにショッキングなものだった。
『先の本艦のミサイル発射も、本意ではない。我々はこれが外部からによる意図的なテロ操作によるものであると結論した!
計3発のミサイルはすべて民間施設をロックして現在も飛行中である!』顔面蒼白になるモービルヴェイの乗組員達。
普段は静まれの一言で秩序を取り戻すはずが、その一言を発するはずの特務士官まで恐怖に手を震わせていた。
『だが、諸君、幸いにして本艦はAGM-86Bのコース上にある……この2発を決して、決して目標にたどり着かせてはならない!
本艦はおよそ8分後、このミサイルと遭遇する……たたき落とせ!我々は決して、無用の殺戮者ではないことを示そうではないか!』
特務士官が動いた。
「総員配置!」
各国語の放送が反響して聞き取りにくい。とりあえず、ミサイルが命中すると思われる方向の反対側、
南東方向に至急移動してくださいという内容を理解するのがやっとだ。
ましてや、錯綜する靴音や悲鳴、怒号。冷静さを保つには厳しすぎた。
「砂沙美ちゃん、もう、走れない……」汗にぬめる手のひらが離れる。
息を切らせて床にへたり込む美紗緒の前に、砂沙美は当然の様に背を向けてしゃがみ込んだ。
「砂沙美ちゃん……?」
「早く、おぶさるの!急がないと天地兄ちゃん達行っちゃうよ!」
「でも……」
「いいから早く!」
おぶさると言うよりはい上がると言った感じで美紗緒は砂沙美の背中に体重を預ける。
「いいから首に捕まって……天地兄ちゃん!」手を振ってこっちだと叫ぶ天地に、猛然とダッシュする砂沙美。
普段は楽しいはずの、『走ること』が今はひどくいやなものに感じられる。
「砂沙美、こっちだ!」天地が砂沙美の手をがっちりと掴んで、走る。ひたすらに階段を昇り、降り、リノリウムの上を駆ける。
着弾まで、30分を切った時点の、これが状況であった。
<5>
どこをどう走ったのか、全く覚えていない。
闇雲に、駆け抜けることが出来そうな人混みの隙間を縫って行く内に砂沙美たちは開けた場所にでていた。
海を間近に見下ろすテラスには白のテーブルとチェアが落ち着いた雰囲気を醸し出している。ヨットハーバーを
イメージして造られたリラクゼーション・ロッジは、くつろいでいた人々が逃げ出した跡も生々しく、料理の乗った皿やひっくり返りグラスは
飲み物が残ったままになっている。海を渡ってくる風が、急激な運動で火照った一同の身体を冷やし始めた。
一同の中で一番体力に余裕があるはずの砂沙美もはぁはぁと息を切らしている。美紗緒は力無く砂沙美の背から滑り降りて、
がっくりと膝をついた。天地もテラスの柵に身体を預けて、荒い息をつき続ける。木材に白いペンキを塗っただけのシンプルな
作りのテラスは、周囲の景色とよく合っていたが、それを鑑賞する余裕がある者はここにはいない。
「天地兄ちゃん………ここなら………大丈夫かな………」
「………多分な、取り敢えず………放送だと……大丈夫って言ってるし……美紗緒ちゃんは、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」そういいつつ、顔色は悪い。立ち上がろうとして息を詰まらせせき込む姿が痛々しかった。
「取り敢えずここにいよう。もう、美紗緒ちゃんをこれ以上無理させるわけにはいかないようだし」
砂沙美は頷くと、手近のパラソル下の椅子に美紗緒を座らせる。場所が開けている上に複数のスピーカががなっているせいで、
意味不明と化している放送を何とか聞き取ろうとする少女の鼓膜に、全く別の、聞き慣れた特徴的な声が刺激を与えた。
天地の精神には、ぞくぞくする悪寒を与えた。
ウェーキに来てからしばらくは忘れていた悪寒だった。
『てぇぇぇぇぇんんちぃぃぃぃぃいいいいい………!』手を大きく振りながら、薄水色の固まりが人混みをかき分け、押しのけ、
時々人間を跳ね飛ばしながら接近してくる。ふぎゃとか何しやがんだこの野郎という悪態を残して跳ばされる人たちが哀れだった。
『てぇんちぃさまぁぁぁあああああ…………!』(以下、頭髪の色の記述以外同様の描写)
聞き慣れたドップラー効果に、砂沙美は思った。自分はこの二人のレベルには永遠にたどり着けないかも知れないと。
たどり着きたくもないけど。
でも、またこの喧嘩を苦笑いしながら眺めることが出来るのだろうか?
ミサイル着弾まで、あと10分を切っていた。
Magic Storm RISING episode-5
「発射」
「発信」
モービルヴェイ前甲板の開放された2つのVLSからオレンジ色の炎の固まりが飛び出した。その固まりを串刺しにし、さらに突き抜ける物体。
SM−2ERの弾体は増設されたブースターにより自重に数十倍する推力を与えられ、加速を開始した。
何かの皮肉だろうか。この米軍では標準的な艦対空ミサイルの俗称は、スタンダードミサイルという。
「次発発射準備良し!」
「SPY−1は目標、スタンダード共に追尾中。接触まであと14秒。Tマイナス5で62を指向」
といっても、対空戦は目標設定以外は全ての作業は自動化されているから、この段階ではオペレータは刻々表示されるデータを
読み上げる以外にほとんどやることはない。人が頭脳だけで全ての対空火器を管制出来る時代は既に半世紀以上前に終わっている。
そのかわり、別にやるべき事が彼らにはあった。
「発信、終了しました。丁度うまい具合に近くを飛行中のホーネットが中継してくれましたので、届いたはずです」
「はずでは困る、確定情報が欲しい」
「不明です。我が艦の位置では反応は確認できません。ホーネットも確認は……」艦長と電子戦担当士官の会話を、オペレータの報告が遮った。
「スタンダード目標と接触!撃破1,外れ1。次発発射開始!」
再び2発のスタンダードが放たれた。これでし損じれば、距離が近すぎるためにもうミサイルによる迎撃は出来ない。
スタンダードの命中率は1発では80%、2発で96%、3発で99.6%と言われるが、こと兵器に関しては、
カタログデータは話半分で考えたほうが現実的だと艦長は思っていた。
はたして、オペレータの報告は、スタンダードが目標をロストしたことを告げた。
同時に、対空戦の主役はCIWS(Close In Weapon System)へ移ることになる。
「射撃レーダ!蠅の目玉も射抜く正確さを見せてくれ!」カティの叫びは指揮所にいる人間全ての叫びであった。
彼らの思いを託されて、最初から追尾モードで稼働していたレーダは必要な情報をバルカンに伝達、最適角度に砲身を導く。
「カッシングより、モービルヴェイへ。我、対空戦闘参加。SM−2MRを2発発射」
「命中すればいいがな」
舷側では会心のドラムス演奏のような響きを伴う射撃が始まった。6砲身のバルカンは毎分3000発のペースで20mm機関砲弾を
音速にちかい速度で叩き出す。もはや発射音は連続を通り越してうなりにしか聞こえない。
灼けた薬きょうがフィーバーを決めたパチンコよろしく、シュートを転がり落ち、乾いた音を立ててシュートを転げ始める。
「当たれぇ!」
「うまく届いたかしらね……こんなことならば部屋からもっと機材を持ち出してくるんだった」眼下には一面の紺碧の海。
スティックを軽く降りながら、鷲羽先生はひとりごち、すぐさま頭を振る。艦上戦闘攻撃機F/A−18ホーネットは、
そんなに大量の私的荷物を積めるようには出来ていない。電子戦ポッドを装着できただけでも、幸運と思わなければ。
かなり無理のある行動ではあったのだ。コーポ・デストラクションからヘリで横田へ移動して、そのままブリーフィングもせずに
用意させた18で離陸、一気にウェーキへの最短コースを取る。離陸までに要した時間はわずかに20分強。
それでも、流石にミサイル第1波の着弾時刻までには到着できそうもなかった。鷲羽は、どうやって髪を収めたのか自分でも
覚えていないメットのバイザー越しに、先程増幅して中継してやった電波信号の詳細をバイザー裏に呼び出した。
鷲羽先生特性のHMDに解凍されたデータがリストの形で流れるように表示される。
「なるほど、アドミラルコードで言うことをきかせるつもりだったのね。もうなりふり構っていられないか」
指揮権が上位である存在が、下位である存在に直接指揮系統を掌握するためのコードをアドミラルコードという。
例えばある艦隊の駆逐艦が反乱を企てたり、あるいは暴走事故などを発生させた場合などに、最後の手段として艦隊旗艦は
このコードを駆逐艦に向けて発信し、その機関・兵装の自由を凍結することが出来る。当然、モービルヴェイは自艦が発射した
ミサイルに対してもこのコードを持つ。それなのにモービルヴェイがわざわざ横田に(正確には横須賀に)さらに上位の
コードの使用を申請してきたというのは、自艦のコードの効果が失われたという事、すなわち事態が自分たちの手には
もはや負えないということを認めたに等しい。事態の深刻さを如実に物語っていると言えた。
しかしホーネットのレーダは中高度を飛行する光点をはっきりと捉えていた。
中高度を飛行するそれは間違いなく、巡航ミサイル・トマホークだ。
「少なくとも推進系にコードは届いていないようね……ん?」
視線入力で、小さいウインドウを開く。そこに表示されているのは、撃墜マークだった。
添えられたウォーターマークは、モービルヴェイのものだ。
「取り敢えず、こっちは片が付いたか………あとは………」
鷲羽は、中身を使い切った増漕を投下すると、スロットルを全開にする。アフターバーナーから鮮やかな蒼い炎を引き、
ホーネットはその機首から水蒸気のリングを放ち、自らそれをくぐった。翼下にはもう何もつり下げていない。
トマホーク着弾まで、あと4分。
「てぇんちぃ〜、無事で良かったぜぇぇ!ぐげ!」
感動の対面を自分自身で演出しようとした魎呼の後頭部に、したたかに阿重霞の蹴りが打ち込まれる。
「あなたはいきなり何やってるんですの!天地様、ご無事でしたか?ぼぇ!」
背に魎呼の肘を食らった阿重霞はつぶれる蛙のような声をあげたが、0.5秒で立ち直る。
「いいかげん、喧嘩してる場合かよ!阿重霞さん、ミサイルのこと、何か知っていますか?」
「申し訳ありません、私も放送以上のことはよく解らないんです……だいたい、ミサイルの誤発射なんて、普通じゃ考えられないはずですし……」
「おかげでヘリポートや埠頭はパニックさ。天地も下手に逃げようとしないで正解だったぜ。
下手すりゃあそこで皆に踏み殺されてたかも知れねえからな」
「じゃあどっちにしろ脱出は無理だな……取り敢えずミサイルは」
「大丈夫ですわ天地様、天地様のお命はこの阿重霞が一命を賭してでもお守りいたします」
「気持ちは嬉しいんですけど、阿重霞さん………」
そこまで言いかけて天地は言葉を失った。震える腕がゆっくりと上がり、指し示された人差し指のその先に。
白い雲を引いた、細長い物体がある。
ミサイルの弾頭部先端に装着されたシーカは、眼下に目標地点を捉えた。緯度、経度を秒単位で照合。
慣性航法装置が示し、DGPSにより補正されたデータは、自分の位置が当該目標施設、
ウェーキファンタジア上空100mであることを保障した。
ズーム上昇開始。わずかな面積しか持たない主翼を制動して、ターボファンの出力を全て高度確保のために開放した。
これまで比較的経済的な燃焼をしてきたケロシン燃料が盛大に燃焼室にそそぎ込まれ、圧縮された空気と激しい酸化反応を始める。
いまやミサイルは直立して高みへと駆けのぼりつつある。
高度が1000mになったところで、燃料が尽きた。微妙な操舵で今度は弾頭部を下へ向け、自由落下で目標への突撃を開始する。
地球の重力そのものがミサイルの速度を確保し、速度に二乗した貫通破壊力を約束した。
シーカの精密作動開始。普段は熱反応や電波のエコーを捉えるはずのそれは、今、ひどく微弱なイマージンを求めて電子的に首を振り始めた。
逃げ切れなかった。
真上から聞こえてくる、ひゅるひゅるという音は、以前テレビで見た、爆弾の落ちてくる音そのものだった。
空中で静止したかのように見える白煙の柱。その先端あたりから、確かにその風切音が聞こえてくるように、砂沙美には感じられる。
視線が硬直して、動かない。いや、目だけでなく、全身が針金で縛られたように、固まってしまって動かない。
天地兄ちゃんも、動けないんだ。
魎呼お姉ちゃんも、動けないんだ。
その呪縛を解いたのは、魎皇鬼の言葉だった。
「砂沙美ちゃん、あのミサイルから、もの凄く、もの凄く歪んだ魔法の反応が!」
「えええええええっ?」
逃げ切れなかった。
自分のせいだ。自分が体が弱かったから。ここでへばってしまったから。みんなここで死んでしまうんだ。自分が悪いんだ。
自分がみんなを巻き込んじゃうんだ。美紗緒は何とか立ち上がろうとした。出来なかった。竦んで、動けなかった。情けなくて、涙が出た。
もう一回、脚に力を込める。なんとか、立ち上がろうとする。涙でかすむ視界の片隅に、自分を励ますように見つめる鳥の姿が映った。
ありがとう、励ましてくれてるの?有り難う……あれ?
何で鳥さんがここにいるの?
最終誘導開始。最早、ミサイルに推力はない。ただ石ころのように落下するだけだ。ミサイル尾部のわずかな操舵で落下線を調整する。
自由落下を続けるにつれてイマージンの反応が僅かに強くなった。間違いない、こいつが目標だ。
シーカは必要な情報を飛行管制コンピュータに伝え、落下線と地面の交叉する点、すなわちデス・ドットを最終選定する。
デス・ドットは目標の中間点を選定。両目標は2mと離れておらず、ここで弾頭を炸裂させれば充分に両者を粉砕できる距離。
否、FAEには数mの誤差など無いに等しい。それが生み出す火球は周囲をkm単位で焼き尽くすはずだった。
一同は、腹に響く、強い衝撃を感じた……………。
同じ時刻。モービルヴェイのCIC.
指揮卓上のディスプレイに、固定表示されていた十字マークに移動を続けていた光点が重なる。
その瞬間、光点を中心に波紋のように円が広がっていく様が映し出された。
「トマホーク、只今着弾しました………」オペレータの声は乾ききっている。
先程、ミサイルを2基とも迎撃したときの興奮は綺麗さっぱり消滅し、重苦しい空気が室内を支配している。
「まだだ」艦長はその雰囲気を打ち消そうとして、しかしその実、ますます重苦しさを助長するような声で、言葉を紡いだ。
「まだ、終わったわけではない。対艦対地兵装の封印を確認後、本艦は機関全速。ウェーキファンタジアに向けて進路を取る。
通信士官はホノルル及びヨコタとの回線を常時モニターし、15分ごとに状況を私に報告するように。状況を確認する。参謀集合!」
言われて、それまで茫然自失し、艦長の言葉を耳から耳へ流していた参謀たちは身体を軽くけいれんさせた。艦長席の回りに整列し、指示を待つ。
「当該地における救助作業準備?」
「イオージマがウェーキの東、60kmの海上にて待機中。現在、救難用ヘリを発艦中。
輸送艦2隻と駆逐艦2隻が随伴しており、さらに東方にはキティホークが急行中。随伴は駆逐艦と巡洋艦、ともに8隻です」
「うむ。衛星回線の状況?」
「現在もホノルルの凍結命令は継続中であります。あ、只今入電いたしました……発、合衆国太平洋艦隊司令部。
宛て、ミサイル誤発射対策関連作業中の全部隊。本文、当該衛星の地上操作による機能停止は成らず。
10分前、ヴァンデンバーグより当該衛星に対処すべくシャトルが打ち上げられた。
接触予定は打ち上げ後時間、02:48。機能停止が確認されるまで現封止態勢を維持せよ。なにか?」
艦長専用のコールが響いた。
「艦長、先程のホーネットから呼び出しです。ミサイル着弾地点をライブで送信するので、受信して欲しいと。
可能ならば、救助作業準備中の鑑定にも転送して欲しいと!」
「馬鹿者、直ぐに受信しろ!最優先だ、きまっておろうが!」
「映像、でます」おお、という呻きが室内に満ちる。映し出された映像は、ホーネットがよほど低空で飛んでいるのか、
はっきりした輪郭で白亜の建物が映し出されていた。フロリダによくありそうな海辺のカフェを連想させる建物。そして海に着きだしたテラス。
テラスは3分の2以上がもげていた、床材が折れ、海に落ち込んでいる。風船が飛び散った跡のように、
かつては床板だったり柵だったりしたものが単なる破片となって海に浮かんでいるのが見て取れた。
大尉参謀がその映像をまじまじとみつめ、ぽつりと言った。
「畜生……」
第6話以降はこちら
TOPページへ