紅葉奇譚(こうようきたん)
OVA版”天地無用! 魎皇鬼”オリジナルショートストーリー(全三話)
作 DIN-GIR

<1>

山の朝は冷える。
秋も深まった今は、魎皇鬼の吐く息も白い。
魎皇鬼はぶるっと身震いをすると、この家の中でいちばんの友達の所へ向かう。
朝の穏やかな日射しの中、魎皇鬼が駆けていく先は台所である。
「らんらんらん♪ らーららんらん♪」
鼻歌を歌いながら味噌汁の味見を試みる友人の姿が、そこにあった。
台所には焼き魚の香ばしい匂いが漂っている。
「みゃあん」
「おはよ、魎ちゃん」
小皿とお玉をもった砂沙美が、にっこりと微笑みかける。
「朝ご飯もうすぐだから、みんなを起こしてきてくれる?」
「みゃあ!」
即座に走り出す魎皇鬼。
野菜炒めを作ろうと野菜のかごに手を伸ばした砂沙美は、小さな異変に気がついた。
「あれ? ニンジンが・・・」

砂沙美はにんじんエプロンで手をぬぐいつつ、納屋へニンジンを取りに向かった。
「んもう、魎ちゃんったら。本当にすばやいんだから・・・」
薄暗い納屋の中で、ニンジンを2,3本つかんで取り出す。
その瞬間。
かさり。
ニンジンとは異なる乾いた感触が、砂沙美の手に触れた。
「あれ・・・?」
つまみ上げたそれは、一枚の枯れ葉だった。
おそらく天地が畑から運んでくる途中で紛れ込んだものに違いない。
「そっか・・・もうすっかり秋なんだなぁ・・・」
常に鬱蒼とした樹木とともに暮らしてきた樹雷人の砂沙美の目には、岡山の四季の変化はとても新鮮に映る。
納屋から出た砂沙美は、眼前の景色に圧倒された。
「わあ・・・・・・」
朝もやに煙る山々。
そこから顔を出す木々が、朝の陽光を受けてキラキラと輝く。
赤、褐色、黄色・・・様々な色が、山の稜線を彩る。

その景観に感動する一方で、砂沙美は一瞬複雑な思いにとらわれ、先程納屋で拾った一枚の葉を見つめた。


いつもの時間に遅れ、一人で朝食を済ませた鷲羽は、散歩がてら家の外に出た。
「うーーーーんっ・・・・・・」
そして、あくびと背伸びを一回ずつ。
地球(ここ)では”徹夜明けの太陽は黄色い”っていうけど、言われてみたらそんな気もするわね。太陽光のスペクトル成分は変わらないはずなのに。
そんなことを考える鷲羽の目に、池のほとりにしゃがみ込む砂沙美の姿が映った。
「おはよ、砂沙美ちゃん。朝ご飯おいしかったわよぉ」
「あ、鷲羽おねえちゃん」
「どうしたの? 元気ないみたいじゃない」
「うん・・・砂沙美ね、葉っぱを見てたの」
鷲羽があたりを見回すと、枯れ葉が何枚も舞っている。
山から風に乗って飛ばされてきたのだろう。
中の一枚が風に巻かれ、くるりと輪を描く。
「あ・・・また」
砂沙美が誰に言うともなくつぶやく。
次の瞬間、葉は水面(みなも)に捕らえられ、幾重もの波紋を作った。
「・・・砂沙美ちゃん?」
「ねえ。
葉っぱって、どうして落ちるのかな・・・」
「うーん、ちょっと難しいかな。
ひとことで言うとしたら、”離層”の形成が原因・・・かしら」
「りそう?」
鷲羽はにっこり笑って、咳払いをする。
「植物はね、気温や光などの外因と、内因・・・たとえば遺伝とか、代謝機能の働きによって、秋になると”離層”を作るのよ。
これは葉が枝とつながっているところにできる壁みたいなものでね、葉に栄養や水分が行くのを邪魔するわけ。
すると、葉は枝と薄皮一枚でつながっているような状態になって、やがて落ちる」
砂沙美は一生懸命に聴いている。
どんなに難しくても頑張って鷲羽の話を聴く砂沙美を、彼女は可愛いと思う。
「・・・で、この落葉期に、葉の中でタンパク質が分解されて、そこから生じるカロチンやアントシアンといった色素が、葉を黄色や赤に染めるのね」
「鷲羽おねえちゃん・・・」
砂沙美はひと息つくと、、
「それじゃ、葉っぱの気持ちって、どんな感じなんだろう」
水面を漂う枯れ葉は、風に導かれて砂沙美のいる岸まで運ばれてきた。
砂沙美はそれを拾い上げ、太陽にすかしてみる。
「葉っぱの気持ち?」
鷲羽は虚を突かれた格好だ。
「うん・・・だって、秋になると、葉っぱって落ちちゃうでしょ。
それって、どんな気持ちなのかなぁ。さみしくないのかなぁ・・・って」
「そっか。砂沙美ちゃんでも、さすがに地球の樹の気持ちはわかんないか」
「地球の樹は、津名魅と違うもん。
それに、葉っぱ一枚一枚は・・・
やっぱり、砂沙美にはわかんないよ・・・」
突然、一陣の風が吹き、砂沙美の手から葉を奪った。
「あ・・・っ」
風は葉を巻き上げ、葉は再び空高く舞い上がって行く。
ふたりは無言で葉を見上げた。
「確かにそうだね・・・」
鷲羽が口を開く。
「でもね、砂沙美ちゃん。
心が通じ合えなくても、やっぱり葉っぱの方にも、聞いてほしい事ってあるんじゃないかな。
あたしは、そう思うよ」
「聞いてほしい、こと・・・?」
「うん。
聞きたいことがあったら、体当たりで話してみるのさ。
そして、耳を澄ます。
樹だって葉っぱだって、生きているんだからね。
きっと答えてくれるよ」
砂沙美はどきりとした。
一枚の葉によって浮き彫りにされた自分の本当の気持ちは、鷲羽には話さなかったはず。
だが、砂沙美には鷲羽がすべてを見通しているように感じられた。
「そっか。そうだよね・・・・・・」
砂沙美は空を見上げた。 
先ほどの葉は、高い高い空に吸い込まれ、すでに見えない。
青く澄んだ空に、すじ雲が浮かんでいる。
秋の空は、どこまでも高く、そして広い。


その日、昼食を終えたあと。
少し厚手の上着で武装した砂沙美は、柾木神社の裏手から山に入った。
肩には魎皇鬼が陣取っている。
「じゃ、行こうか。魎ちゃん」
「みゃあん!」
乾いた音を立てて、一歩を踏み出す。
懐には、納屋で拾った枯れ葉が一枚。
この葉が自分を”答え”に導いてくれそうな気がしていた。


秋の最中に、砂沙美の小さな冒険が始まろうとしている。


<2>

かさり、かさり。
落ち葉を踏みしめながら、砂沙美は山道を進む。
山道とはいえ、それほど険しくはない。一般的ではないながらも登山道として使われているものらしく、道も意外に広くて歩きやすい。
砂沙美は両手をメガホンのように口に当て、叫んだ。
「こんにちはーーーー!」
刹那、風が辺りを吹き抜け、砂沙美の声に応えるように、樹木が葉擦れの音を立てる。
「ふふっ・・・」
砂沙美は微笑んだ。それは、幼い頃に樹と交わした会話を思い出してのことだったか。
「みゃあ! みゃあん!」
「あ・・・魎ちゃん!」
魎皇鬼は砂沙美の肩から飛び降りると、地面に落ちている何かを指さした。
「わあ、ドングリだ!」
見ると、あちこちに落ちているではないか。
魎皇鬼はドングリをかじると目を白黒させ、舌を出した。
「ああ・・・魎ちゃん、ダメだよ。
ドングリって、渋いんだよ」
「みゃあーーー・・・」
「ふふふ・・・何個か、拾っていこうか」
砂沙美はドングリを拾い始めた。前年の秋、山で拾ったドングリで勝仁がヤジロベエを作って見せてくれたのを思い出したのだ。それを見て、魎皇鬼もドングリを集め始める。噛みつぶさないように気をつけながら。
しばらくの後、砂沙美と魎皇鬼の収穫はなかなかのものになった。
ドングリ数種類と、松ぼっくり。それぞれが、相当な数になる。
魎皇鬼は松ぼっくりがいたく気に入ったらしく、しきりに転がして遊んでいる。
砂沙美は樹を見上げた。
はるか樹上で、何羽もの野鳥が木の実をつついている。
「地球の樹って、すごいな・・・」
砂沙美は、改めて見る地球の生命の営みに、感動を覚えた。
「みゃっ? みゃあっ!」
砂沙美がふと横を見ると、魎皇鬼は松ぼっくりに飽きたのか、今度は殻のままの栗と格闘している。
「魎ちゃん、栗はあぶないよ。ケガするよ」
「みゃあっ!?」
「あーあ・・・」
砂沙美は苦笑すると、目に涙を浮かべて前足を舐める魎皇鬼を抱き上げ、近くの石に腰を下ろした。
「今度、みんなと一緒に拾いに来ようね」
「みゃあ! みゃあん!」
少しすると魎皇鬼は落ち着いたらしく、また砂沙美の手を離れて遊びに出かけた。

砂沙美はひとりになった。

風の音、鳥の声、枝葉のざわめき。
周囲を、足下を、頭上を彩る赤や黄色の葉。
砂沙美の胸に、朝のあの感覚が蘇ってきた。

「教えてほしいの」

樹を見上げながら、砂沙美は問う。

「葉っぱさん、どうして落ちるの?
恐くないの? さみしくないの?」

どこまでも問い続け、どこまでも答えはない。
木々の間を歩きながら、砂沙美は繰り返し問う。
やがて立ち止まった砂沙美は、かすかに返ってくるこだまを聞きながら小さなため息をついた。

「生命(いのち)って、なんだろう・・・」

自分でも今までそんなことを考えたことはない。
今日、一枚の枯れ葉がもたらした疑問に、砂沙美はとまどっていた。
半年前、あの桜の咲き乱れる季節。
大好きなみんなを裏切っているという強烈な後ろめたさに突き動かされて、姉に自分の過去をうち明けたとき。
阿重霞は、天地は、そしてみんなは、そんな砂沙美を受け入れてくれた。
それで十分だった。満たされたはずだったのに。

「生命って、なに・・・?」

砂沙美はもう一度つぶやいた。
その思いは、確かに以前から胸の裡にひそんでいたような気がする。
ただ、自分でも気づかなくて。
気づきたくなくて。
そっと、そのままにしてきたのだ。

一枚の枯れ葉。
一生を終えた、葉の抜け殻。
かつてのみずみずしさを失い、かさかさに乾いている。
いつもはあんなに鮮やかに見える紅葉が、今はくすんで見える・・・。
何故かはわからないが、おそらく今朝のあの葉が、引き金になったのだろう。
枯れ葉を見ていると、自分までもがとても儚いものに感じられる。
あのとき、もしかしたら自分もこの葉のようになっていたのではないか。そんな気さえわき上がってくる。
砂沙美にはそれがたまらない。膝を抱え込み、しゃくり上げた。
自分は、やはり一度命を落としたのだろうか。だとしたら、どうして現在ここに在るのか。
津名魅と同化した自分は、それ以前の自分と同一なのか。それとも、この世にあるはずのない存在なのだろうか。
疑惑は頭をもたげ、その存在は砂沙美の中で次第に大きくなる。
以前の悩みは、みんなを偽っていることに対する不安感。
現在の悩みは、自分の存在に対する疑問。
ひとつの悩みが消えれば、もうひとつの悩みが生まれる。

気だるさと寂寥感を伴って木々の梢の間から漏れる、秋特有の午後の日射し。
あまりの心細さに、砂沙美は目に熱いものを感じ、鼻をすすった。
そのとき。
砂沙美の眼前に、鮮やかな色をした何かが突き出された。
それは、一本のホオズキの枝だった。
橙色の実が、たわわに実っている。
「魎ちゃん・・・」
魎皇鬼が、口にくわえて砂沙美の所へ運んできたのだ。
心配そうな目で、砂沙美を見上げながら。
「・・・魎ちゃん、ありがとう」
砂沙美は枝を受け取ると、魎皇鬼を抱きしめた。
「みゃあああん・・・」
思わず胸が熱くなる。
「砂沙美ね、魎ちゃんのこと、大好きだよ。
とっても、とっても、だいすきだよ・・・」
「みゃあ、みゃあああっ・・・」
砂沙美はしばらくの間、魎皇鬼を抱いてじっとしていた。

ふと気づくと、砂沙美の持つホオズキの枝に、赤トンボが止まっていた。
トンボは砂沙美と目が合うと、羽音を立てて飛び立つ。
「あ・・・ もう、帰らなきゃ・・・」
その羽音で、砂沙美は時間の経過に気がついた。
魎皇鬼のおかげか、気分も落ち着いている。
「魎ちゃん、もう帰ろうか。
みんな心配するよ」
「みゃあ! みゃああ!」
砂沙美は、立ち上がったその拍子にポケットからドングリを落としてしまった。
「あっ・・・?」
かがんでドングリを拾おうとするが、かすかな気配を感じて、手を引っ込める。
「何だろう・・・?」
ドングリを持ち上げて、落ち葉をめくってみる。
そこには、すでに柾木家の庭では見かけなくなったテントウムシが数匹いた。
「わあ・・・
魎ちゃん、テントウムシだよ」
砂沙美は少し嬉しくなって、その中の一匹をつまみ、手のひらに乗せた。
もうだいぶ寒くなったのに。みんなで集まって暖めあっているのかな。
ほんの半日にも満たない外出にも関わらず、砂沙美は家が懐かしくなった。
「さ、みんなのところに帰してあげるね」
砂沙美がテントウムシをもとの落ち葉の中へ戻そうとした瞬間。
テントウムシは羽を拡げて飛び立った。
「えっ・・・・・・」
砂沙美は一瞬唖然としてしまった。
「待ってよ、テントウムシさん・・・
みんなとはぐれちゃうよ・・・!」
茜色の木漏れ日のなか、テントウムシは山の奥の方へ向かって飛んでいく。
砂沙美は放っておけなくなって、テントウムシを追いかけ駆けだした。
驚いた魎皇鬼が、さらにそのあとを追いかけた。



<3>

遥か遠くから、微かな羽音が聞こえる。
しかし、どこまで行っても追いつかない。
砂沙美は立ち止まり、上体をかがめて息をついた。
「どうして・・・追いつかないの・・・?」
いままで二,三の坂を登ったはずだ。それでも何故か羽音は遥か先から聞こえる。
砂沙美はまた走る。ほんの数分のはずなのに、もうかなり長い時間走っているような気がする。
砂沙美は斜面を登りきった。
しかし、その先にはまだ坂道が続いていた。
砂沙美は一息つくと、また走り出した。
走っても走っても、何故か追いつかない。
砂沙美は走りながら、奇妙な感覚にとらわれた。
頭がぼんやりして、なにも考えられない。
ただ、走りながらせつない気分になる。
ひとつの坂を上りきったら、また別の坂が現れるのは、何故なんだろう。

そして、ついに砂沙美はその坂を登り切った。

「あれ・・・?」

そこには、もう坂はなかった。
砂沙美は荒れた息を整えつつ、坂があるはずの方を見た。。
目の前が開けており、周囲の樹がドームのような空間を形作っている。

その中央には、一本の大木があった。

かなり落ちてはいるものの、まだまだたくさんの葉を残している。
砂沙美は乾ききった口から唾を飲み下して喉を湿らせると、一歩を踏み出した。
降り積もった落ち葉を踏みしめつつ、砂沙美は樹の幹に近づく。
見上げると、一枚の葉が枝を離れ、穏やかな風に舞いながら降りてきた。
葉を追って何気なく足下に目をやった砂沙美は、ふと気がついた。
「これって、もしかして・・・」
かがみ込んで、懐から納屋で拾った葉を取り出す。
ところどころ虫食いの跡がある、黄色く色づいた広葉樹の葉。
落ち葉を地面から一枚拾って見比べる。
「やっぱり、そうだ」
そう。二枚の葉は虫食いの位置こそ違えど、寸分違わぬ形をしていたのだ。
砂沙美はもう一度樹上を見上げる。
そしてまだ葉の残っている枝を眺めた。

「ここから、来たんだね」

納屋の葉に語りかける。
その葉の先に、追ってきたはずのテントウムシがいた。
「ここまで連れてきてくれたんだ・・・」
砂沙美は不思議な気持ちだった。朝に拾った一枚の葉が、自分をこんな山奥に導いたのだ。
しかもそこは、その葉の故郷(ふるさと)であった。
砂沙美は感慨深げに周囲を見渡した。
すでに陽は傾き、辺りは真っ赤な光で満たされている。
かさり。
足を踏み出したときに踏んだ枯れ葉が、乾いた音を立てる。
それは砂沙美の耳に、奇妙に響いて聴こえた。
紅葉の隙間から、秋の木漏れ日がいくつもの筋となって山中の空間に差し込む。
その中を、テントウムシが再び羽を開いて飛び立った。
真っ赤な光の筋を受けて、落ち葉は黄金色の光を放つ。
落ち葉で埋め尽くされた地面は、まるで金色の絨毯のように輝く。
砂沙美はあたりを眺め、その幻想的な光景にため息をついた。
上からまた一枚、葉が落ちてきた。
秋の夕陽は、落ちてきた落ち葉をも輝かせ・・・

「・・・・・・えっ?」

違う。

砂沙美は振り向いた。
体の動作についていけずに、ふたつに結った髪の毛がなびく。

地面が輝いていた。
正確には、落ち葉が。
そして、樹上の葉も。
砂沙美の目の前にある大木の全ての葉が、まばゆいばかりの光を放っていたのだ。
その光に、砂沙美は圧倒された。
光は次第に白く、強くなっていく。
ついに耐えられなくなって、砂沙美は目を固く閉じ、両手で覆った。

光に”質感”というものがあるとしたら、そのときまで砂沙美が感じていたものがそうだったのかもしれない。
それまで感じていた”何か”が消えたのに気がついて、砂沙美はおそるおそる目を開いた。
光はなかった。
そこは、前と変わらぬ場所だった。
ただひとつ、違っていたことは。

砂沙美の目の前から、枯れ葉がすべて無くなっていたことだった。

砂沙美はとまどった。
周囲の風景を埋め尽くしていた葉は、どこへ行ってしまったのだろう。
目の前にはあの樹が、目を閉じる前と同じく存在していた。
砂沙美は少しずつ、その樹に近づいていった。
枯れ葉を探すべく、顔を上に向け、梢を見上げる。
やはり、枯れ葉はない。
しかし、砂沙美はそこから目が離せなくなってしまった。
いったいこれはどういうことだろう。
枝には無数の、萌木色の芽が吹いていたのだ。
砂沙美は思わずつぶやく。
「いまは、秋だよね・・・?」
そんなことがあるはずがない。
しかし、それは砂沙美の目に、強烈な現実感を伴って飛び込んでくる。
日射しまでが春の日中のように暖かく感じられる。
砂沙美が見ている間に芽はふくれ、やがて葉が開き、花を咲かせる。
花が落ちても葉はますます力強く、陽を浴びて文字通り若葉色に輝いている。
砂沙美は樹の幹に近づき、手でふれてみた。
暖かい。
今度は頬をあててみた。
何かを感じる。
樹木の導管が水分を毛細管現象で吸い上げる音が、砂沙美の頬に伝わった。
それは樹の力の奔流だった。
その瞬間、砂沙美には、樹木の生命の鼓動が確かに感じられたのだ。

「ああ・・・」

砂沙美は樹上を見上げる。

「そうか、そうなんだ・・・・・・」

今まで見えなかったものが、見えるような気がする。

「生命は、かたちじゃないんだ。
そこにあることが、大事なんだ・・・」

砂沙美の胸が、暖かいもので満たされていく。

「それを知っているから、信じているから、葉っぱさんは次の葉っぱのために、落ちるんだね」

砂沙美が樹の幹から感じたのは、去年の落ち葉の”生命”だった。
葉は落ちたあとも、土となって次の年の葉の礎となるのだ。
命は決して消え去らず、様々な形でこの星の上をめぐる。
砂沙美は、樹雷の樹とは異なる”樹の生命”に触れたのだった。

まるで夏のような涼やかな木陰で、葉の行方に想いをはせる。
遠くで懐かしい声が、砂沙美を呼んでいた。



どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
砂沙美は夢と現(うつつ)の狭間で、聞き慣れた声を聞いた。
「まったく、人騒がせなお子様だよなぁ」
「まあ、そう言うなよ。
無事に見つかってよかったじゃないか」
「ふん。
本当は別にどうだっていいけどよ、ほっとくと阿重霞のヤツがうるさいしな」
「ははは。
魎呼だって心配だったんだろ。わかってるよ」
「うるせえな。そんなんじゃねえよ」
砂沙美には、みんなが心配してくれたことがとても嬉しかった。
天地の大きく暖かい背中の上で、砂沙美は思った。

みんなは自分を信じてくれるんだから。
自分を信じないことは、みんなを信じないってことだから。
だから。
もっと自分の命を信じよう。
そうすれば明日からは、きっと違う自分でいられるよね・・・。



不思議なことに、あの葉は砂沙美の手元にはなかった。
魎呼が魎皇鬼とのアストラルリンクをたどり、天地とともに訪れたときには、すでに砂沙美の手には葉はなかったようだ。
栗拾いの名目でみんなとともに山に来たとき、あの大木を探しても結局見つからずじまいだった。
あの枯れ葉も大木も、そして懸命に追いかけたテントウムシも、全ては幻だったのか。
朝焼けの空を眺めながら、砂沙美は思う。
たぶん、あの葉は砂沙美の心の底でくすぶる思いに気づいたからこそ、訪れたのだろう。
そしてあれは、葉にいざなわれて山の”異界”に迷い込んだせいだったのだろう。

・・・きっと、秋の山のみんなが砂沙美を励ましてくれたんだよね。

また一枚、どこからともなく葉が飛んでくる。だが砂沙美の元に舞い降りることもなく、何処かへ飛び去って行く。
突然吹き込んだ冷たい風に身を震わせると、砂沙美は窓を閉め、部屋を出て台所へ向かった。
部屋の片隅で、風に揺れたドングリのヤジロベエが、ゆっくりとその傾きを元に戻していた。

今日も、砂沙美の朝は早い。


(おわり)

[DIN−GIRさんによるあとがき]

三回にわたってお送りしました”紅葉奇譚”も、ようやく最終回を迎えました。
終わってまず思ったことは・・・やっぱりプロの方ってすごいな、ということです。
自分が書きたいことと書けること、天地の世界観と砂沙美ちゃんのキャラクターが頭の中でせめぎ合って、本当に完結できるかどうか不安になりましたが、なんとかまとまりました。
自分でも気になる点がいろいろとあるものの、完成できたというだけで今のところ満足してます。
とりあえずこの作品には、私のいまの気分と砂沙美ちゃんへの想い、他にもさまざまなものをいっぱい込めました。
皆さんに楽しめていただければ幸いです。
(今のところ、大棚ざらえって感じで書きましたので、次回作は全く未定です(笑)

それでは、ご意見・ご感想などお待ちしております。
[TOMOちゃんによるあとがき]

DIN−GIRさん、素敵なお話をありがとうございました。
砂沙美ちゃんらしさが上手く表現されていて、とてもよかったです。
また、僕も読んでて「なるほど・・・」と思えてくるようなところも多々あってほんと楽しかったです。
ぜひ、次回もお願いしますね。
ほんとありがとうございました。
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