彼女の瞳 彼女の心
<1>

男の子にはわからないかもしれないけど
どんなに小さくたって女の子はやっぱり女の子なんだよ・・・。


車がやっとすれ違えるような道路の両側には色とりどり様々なお店が並んでいる。
ここは、とある町の商店街。
西へ延びる道路の先に沈みかけた太陽が名残惜しそうにしている。
そんな中を一人の少女が歩いていた。
少女・・・訂正をしよう。美少女と言った方が正解だ。
年の頃は10歳くらいだろうか。
スタイルはひとめで小学生とわかる・・・
まあ、大人のスタイルとは対極に位置するといったところ。
しかし、その容貌は並の大人が太刀打ち出来ない程
・・・といっても妙な色気があるわけではない。
くりっとしていて清水のように澄んだ紅色の瞳、
雲一つ無い空のように青く、長く頭の上で二つにまとめた髪・・・
むしろ素朴さ、子供らしい可愛らしさを持ち合わせた美少女といった方があってる。
美少女コンテストに出たら優勝は絶対確実だろう。
しかし、当人はそれを鼻に掛けるどころか、自分が美少女だという自覚すらない。
そんな彼女は名を柾木砂沙美と言う。


「う〜ん、どうしようかなあ」

砂沙美は商店街を歩きながら何か考え込んでいた。

「ええっとぉ、おとといは鯖の味噌煮だったしぃ、昨日は鳥の唐揚げだったし
カレーは…二人だけだから余っちゃうし、何にしようかなあ。」

ちなみに彼女は柾木家という家に住んでいる。
柾木家には元々の住人である男3人の他に
宇宙からやってきた女性5人と1匹が住んでいる。
正確には女性陣は全員居候になるのだが、
みんな柾木家に馴染みきってすっかり家族と化している。
そんな女性の中で台所を預かっているのは他ならぬ砂沙美である。
柾木家の中で料理を作らせたら砂沙美の右に出る者はいない。
今日もそんな大家族の食事の支度をするべく材料を買いに来ているのだ。
・・・と、本来ならば言うところだが、先ほどの砂沙美の独り言にもあるように
今日はいささか状況が違うらしい。
話は数日前へとさかのぼる・・・。


ここは柾木家の居間。
全員揃って食事中のようだ。
ちなみに全員というのは天地、魎呼と阿重霞、
美星に鷲羽、勝仁、信幸、魎皇鬼そして砂沙美である。

「はい!天地兄ちゃん、お味噌汁」
「ありがとう砂沙美ちゃん」
「あっ・・・」

お椀を抱えてる砂沙美の指先と、それを取ろうとした天地の指先が一瞬触れた。
ほんの一瞬だけ・・・。

「ん?どうしたの砂沙美ちゃん」
「ううん、何でも無いよ。さ、冷めないうちに食べて」

なぜかドギマギしてる砂沙美に首を傾げて問いかける天地。
だが、砂沙美は答えをはぐらかした。


「鷲羽さぁん・・・」
(・・・・・・・)

鷲羽は砂沙美を見つめている。
美星の声にも気付かない。

「ねえ、鷲羽さぁん・・・」
(・・・砂沙美ちゃん、あなた・・・)

鷲羽の視線は砂沙美の中にある『何か』を見付けたようだ。

「鷲羽さん!ってばぁ」
「え?な、なんだい美星殿」
「ほら、この砂沙美ちゃんが作った笹身のフライとっても美味しいですよ」
「・・・あんた、それまさかギャグのつもり?」
「へ?」

美星はそーとーな天然である。


「ねえ天地ぃ、笹身のフライ美味いぞ。ほら食えよ。
 何だったら口移しで食わせてやろうか」
「自分で食べられるったら。」
「魎呼さん!何てはしたない…天地様が困ってるじゃありませんの。」
「うっせーなあ!あたしゃ天地と結ばれるんだから構わねえだろ」
「魎呼…」
「何ですってぇ!天地様は私と結ばれるんですのよ。」
「阿重霞さんまで…」
「あんた達いつもいつも、よく飽きないわねえ。」
「まあ、賑やかなのは良い事じゃ、鷲羽殿。」

そう言いながら勝仁は鷲羽へ向ける瞳の奥を一瞬光らせた。
そして、その光に気がついたのは鷲羽だけであった。

<2>

「ところで、みんな」
「はい、なんですのお兄様」
「隣町で造り酒屋をやってるわしの友人がな、今までに無く上等な酒が出来たから
 ぜひ飲みに来いと誘ってくれての。」
「いいですねえ、お義父さん。」
「それで、そいつの家は宿屋もやっていているからどうじゃ?今度泊りがけでみんなも」
「いいですわね」
「嬉しい事言ってくれるじゃねえか」
「私もいいんですかぁ」
「悪くないわね」
「みんな賛成のようじゃな。しかしなあ、そいつの所には酒しかないしのう。
 砂沙美達にはつまらんかもしれんなあ。
 どうじゃ、天地。この家を留守にするのも何だし、砂沙美と留守番しててくれんか?」
「う、うん構わないけど(まあ、あまり酒好きじゃないし、俺)。」
「砂沙美もいいよ。」

そこへ阿重霞が口を開いた。

「でも・・・(あ!)」

阿重霞はかわいい砂沙美の事が心配で堪らない。
砂沙美を不安げな瞳で見つめる。
しかし、何か思いついた様だ。

「どうかした?阿重霞殿」
「あ、いいえ。何でもありませんわ。(ま、今回は砂沙美に譲りますわ)」

阿重霞は砂沙美の想いに気が付いているのだ。
自分も同じ想いを抱いているのだろうが、この姉は妹思いであった。
妹の想いを察してやるあたりなんともいじらしい。


「じゃ、そういう事で、二人ともお留守番お願いね。お土産買ってくるから。」
「うん、いってらっしゃい」
「砂沙美ちゃん、ちょっとちょっと。」
「なあに、鷲羽お姉ちゃん」
「がんばりなよ」
「え・・・」
「チャンスは活かさなきゃ・・・ね?」
「そ、そんな・・・」

一瞬、鷲羽の背中に天使の・・・もとい悪魔の翼が見えた・・・のは気のせいだろうか。

<3>

と、まあそんな事があって、みんなは旅行(?)に出かけており
今夜は柾木家には天地と砂沙美の二人だけ・・・なのだ。
そういうわけで彼女は今、天地と二人だけの夕飯を作るべく買い物に来ている。
砂沙美の料理に対する目は鋭く食材選びにも妥協を許さないプロ
・・・と言うとまあ大袈裟だが、確かな目を持っているのは事実である。
そんな砂沙美だが今日は心なしかいつも以上に真剣な面持ちだ。


「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。新鮮な野菜がいっぱいだ!」
「こんにちは。」
「お、砂沙美ちゃんこんにちは。今日はゴボウとサトイモが安いよ!買っていきな」
「ゴボウとサトイモかあ…ん〜、そうだ今夜はお煮しめにしようかな。
 うん、そうしよう。…じゃあ、ゴボウとサトイモ一山ずつください」
「まいどあり!!しめて630円…なんだけど500円に負けといてあげるよ」
「いいの?ありがとうおじさん」
「おじさんはひどいなあ。まだ、おにいさんだよ。」
「あ、ごめんなさい。」
「冗談だって…いつもひいきにしてもらってるお礼だよ。
 それにしても砂沙美ちゃんはえらいなあ。毎日おつかいして。
 みんなの分の料理だって作ってるんだろう?」

砂沙美が柾木家の台所を預かっているのは商店街でも有名らしい。

「そ、そんな事…」
「いや、砂沙美ちゃんだったら立派なお嫁さんになれるよ。
 俺が独身だったら砂沙美ちゃんにプロポーズしてるな。」
「え、あ、あはは。じゃあね、おじ…じゃなかったおにいさん」
「おう、またおいで」


(お嫁さん…か。天地兄ちゃん、砂沙美のコトどう思ってるのかな。
 砂沙美はいつだって天地兄ちゃんのコト…)

「あ、そうだ。本屋さんに寄って何か料理の本買ってこうかな。新しいお料理作りたいし」

勉強熱心な砂沙美である。
砂沙美が柾木家の台所を預かってるのは、ほかの住人が料理下手というのもあるが、
砂沙美自身が料理を作る事が好きだという理由の方が大きいのだ。

「えっと…料理の本は…どこかな」

料理の本を探してる砂沙美のそばで高校生らしい男の子達が何やら立ち読みをしている・・・

「なあなあ、この娘、でっけーよなあ」
「え、どれどれ…うわ、ホントでかいよ」
「やっぱ、いいよなあ」

(ん?あのお兄さん達さっきから何を読んでるんだろう。ちょっと覗いて見ようかな)

子供というものは元来好奇心が旺盛だが砂沙美もご多分にもれずそのようだ。
隣にいる男の子達が読んでる本がさっきから気になっている。

(んしょ、んしょ、よく見えないなあ。…あ、見えた…
 あれって女の人の・・・ええっ!はだ・・・か!?)

「き…きゃあ!?」

砂沙美が驚くのも無理はない。
彼らが読んでいたのは、まあ「子供は読んじゃダメよ」な本だったのである。
まだ幼い砂沙美にとって初めて見るHな本はあまりにも刺激が強かった。
驚いた砂沙美は料理の本も買わずに本屋を飛び出してしまった。

「はあ、はあ、びっくりしたあ・・・
 でも、あの女の人の胸、大きかったなあ。男の人ってやっぱり・・・」

<4>

そのあと砂沙美は「あの」本の事で頭がいっぱいで
料理の本を買い忘れた事にも気づかずに帰宅した。
ガラガラガラ・・・

「ただいまぁ」
「あ、砂沙美ちゃんお帰り」
「うん・・・」

とぼとぼと台所へ歩いて行く砂沙美。

「なんか、砂沙美ちゃん、元気がないような…気のせいかな?」


台所で夕飯の支度をしている砂沙美。
いつもなら楽しげに鼻歌なんか歌っちゃったりしてるはずで
その鼻歌が結構上手だったりして・・・失礼、話が脱線するところだった。
しかし今日の砂沙美はどことなく上の空だ。

「はあ・・・」

バチバチバチ・・・

「なんか焦げくさい…って、いっけないお鍋焦がしちゃった」

煮物を作ろうとしていたらしい鍋の中では
里芋やら牛蒡やらが炭に変貌しかけていた。
眉を曇らせながら砂沙美は鍋を洗っている。

「これじゃ…お嫁さんは失格…だよね。」

毎日の様に鍋を焦がしていそうな人から見ればなんでそんな事位で、
と言うだろうが、砂沙美にとってはショックだったのである。


そんなこんなでトラブルもあったが無事食事にこぎつける事が出来た。
二人分の食事であるにも関わらず食卓の上は色とりどりで、とても賑やかである。
砂沙美の気持ちを裏返したかのような・・・。

「はい、天地兄ちゃんお待たせ」
「うわ、凄いご馳走だね!おいしそうだなあ」
「ううん、そんな事無いよ。失敗しちゃったし」
「全然そうは見えないけどなあ。それじゃいただきます」
「いただきます…おいしくなかったら言ってね」
「んん…も…んぐ…とんでもない。おいしいよこの煮物」
「うそ…だってそれ焦がしちゃったんだもん」
「うそなんかじゃないよ。ホントにおいしいよ」
「うそ、うそ…天地兄ちゃんのウソつき!」
「砂沙美ちゃん…?」
「あ…ご、ごめんなさい。き、気にしないで…ね」
「うん…」

(あ〜砂沙美のバカバカ。天地兄ちゃんになんて事言っちゃったんだろ)

人間、素直な気持ちを素直に言えればもっと幸せになれるかもしれないが、
悲しい事に現実はそう上手くは行かないものだ。

・・・・・・・・・・
(天地兄ちゃん怒っちゃったかな?)
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「う、うん」

不器用な二人は気まずい雰囲気のまま食事を終わってしまった。

「じゃ、片付けようか」
「あ、砂沙美がやるからいいよ。天地兄ちゃんはお部屋で休んでいて」
「うん、でも…」
「大丈夫だから…ね」
「そう?じゃ、悪いけど」

いつもなら強引にでも手伝うはずの天地だが先程の気まずさもあって
それ以上の事を言えずに部屋に行ってしまった。
独り台所で後片付けをしている砂沙美は何か考え込んでいる。

(砂沙美ったらなんで天地兄ちゃんにあんな事言っちゃったのかな。
 あのとき砂沙美とっても嬉しかったのに。
 砂沙美、天地兄ちゃんのコト・・・。
 でも、天地兄ちゃんきっと怒っちゃったよね・・・。
 砂沙美の事嫌いになっちゃったよね・・・。)

「そんなの・・・ヤだな」

<5>


後片付けも終わり、一息ついたところ。
砂沙美はある決意のもとに天地の部屋の前へ来ていた。
コンコン・・・

「はーい」
「天地兄ちゃん、入ってもいい?」
「どうぞ・・・!?」

部屋に入ってきた砂沙美の姿を見て天地は驚いた。
驚いたと言っても別に砂沙美が一糸纏わぬ姿だったとか
そういう訳ではない。
砂沙美は普段着姿であった。
そんな事で天地が驚くはずは無い。
では、なぜ天地は驚いたのか?
それは砂沙美の雰囲気である。
部屋に入ってきた砂沙美の雰囲気がいつもと違うのである。
何かを思いつめたような…切なそうな瞳…
どう表現すれば良いのだろう・・・
そう、「女の子」なのである、子供ではない・・・。

「あの…ね、天地兄ちゃん」
「う、うん、なんだい?砂沙美ちゃん」

天地はいつもと違う雰囲気の砂沙美に戸惑っている。
無理もない、こんな雰囲気の砂沙美は初めて見るのだから。

「天地兄ちゃんはどんな女の子が好きなの?」
「え!?どうしたんだい砂沙美ちゃん」

砂沙美は下を俯いた。

「だって!…砂沙美…天地兄ちゃんのお嫁さんに…」
「え?・・・」
「でも、男の人っておっぱいおっきい方がいいみたいだし
 砂沙美まだぺったんこだし…」
「なっ?…わっ!…いたた…な、何を言い出すんだい」

突然の、それも全く予想だにしなかった砂沙美の言に
天地は座っていた椅子から滑り落ちた。

「さっきだってお料…理失敗し…ちゃったし」

砂沙美の瞳が透き通った雫で潤んでいる。

「それに天地兄ちゃん怒らせ…ちゃったし…ひッ、ひくッ、えッ……」

それから後は言葉にならなかった。
そのかわりに両の瞳からこぼれる雫が砂沙美の気持ちを語っていた。

「砂沙美ちゃん・・・」
「天…地兄ちゃ…ん砂沙美の事…嫌いに…なっちゃった?」

砂沙美の瞳からこぼれる雫はとどまるところを知らない。
しかし、意を決した様に砂沙美は顔を挙げた。

「でも砂沙美、天地兄ちゃんの事大好きなの!!
 天地兄ちゃんのお嫁さんになりたいの!!」

砂沙美の両の瞳はまっすぐに天地を見つめている。
瞳の中には天地しか映っていない・・・。

(何と真剣な瞳だろう。何とまっすぐな瞳だろう。
 この娘はこんなに俺の事を…俺の事を…)

「砂沙美ちゃん!」

次の瞬間、砂沙美は突然の事に泣くのも忘れて驚いた。

「て、天地兄ちゃん?」

なぜなら天地が砂沙美の事を正面から抱き締めたのである。
あの奥手な天地が、である。

「俺も…俺も砂沙美ちゃんの事大好きだよ」
「ホ、ホント?」
「ああ、本当だよ」

砂沙美が見上げたそこにあるのは天地の顔。
その瞳に映っているのは砂沙美だけであった。

「今はまだ無理だけど、もっと大きくなったら…」
「う、うん…うん…うん!」

砂沙美は何度も頷いた、顔をくしゃくしゃにさせて・・・。

「大好きだよ・・・砂沙美ちゃん」

天地は自分の気持ちを確かめる様にもう一度言った。

「砂沙美も…砂沙美も天地兄ちゃんの事、大大大好きだよ」

涙というものは悲しい時にばかり流れるものではない事を砂沙美の瞳は証明していた。


翌日・・・昼過ぎになってやっとみんなが帰ってきた。

「ただいまあ」
「ただいま帰りましたわ…あ、痛」
「あの程度で二日酔いなんて情けねーな」
「うるさいわね、私はあなたと違って繊細なの」
「お帰りなさい。みんな」
「ああ、ただいま(あれ砂沙美のヤツ…)」
「ただいま、お留守番ありがとうね(なんだか大人っぽいような…)」
「ただいま、砂沙美ちゃん」
「お帰りなさい、鷲羽おねちゃん」

鷲羽はみんなに聞こえないよう、小声で砂沙美に話し掛けた。

「どうだった?砂沙美ちゃん」
「え?べ、別にどうもしないよ…えへへへへ」
「ま、砂沙美ちゃんたら…そういう事にしといてあげましょうかね」
「もぅ!鷲羽お姉ちゃんのイジわるぅ」
「ごめんごめん…でも、よかったね」
「・・・うん!」
「砂沙美、悪いけどお水持ってきてくれるかしら…あ〜痛い」
「は〜いお姉様」
パタパタパタ…

砂沙美は水色の髪をたなびかせて台所へ走って行った。
こうしてまたいつもの賑やかな日々が戻ってくる。
しかし、同じ様に見える日常でも今日は昨日までとは違う。
少なくとも砂沙美にとっては・・・。


(おわり)

唐須一二三さんから頂いた小説です。
萌えぷらの連続小説に連載させていただきました。
あぁ、天地が羨ましいなぁ(笑)
僕も砂沙美ちゃんを抱き抱きしたいよぉ〜(殴)
ほんといいお話でしたよ、唐須一二三さん
ありがとうございます。

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