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砂沙美ちゃんとパンツ

筆:藻枝笹峰

 天地の部屋の扉に軽いノックの音が聞こえたのは、午後もまだ早い時間のことだった。
「天地にいちゃん、入ってもいい?」
 聞こえてきたのは砂沙美の声だ。天地は眺めていた参考書から目を上げ、
「砂沙美ちゃんかい?いいよ、入っておいで」
 言って立ちあがると、その参考書を書棚に戻した。
 復学の望みを捨てきれない天地は、ときどきこうして参考書を広げてみることがある。別にそれで勉強しようというわけではないのだ。ただそうやって参考書を眺めていると、まだ平穏な生活を送っていた頃の、学校や教室やクラスメートなどのことが懐かしく思い出されるのだった。
 今の生活とあの頃の生活のなんと異なってしまったことだろう。そのことを考えるたびに天地は、人間の力ではどうしようもない、なにか抗いがたい運命のようなものを感じて溜息をついてしまうのだった。
 天地にとって不思議なのは、これだけの生活環境の激変にあっても、自分がなにひとつ変わってないように思える点だった。たしかに、変な剣を手に入れてそれをある程度自由に使えるようになったし、自分が樹雷の血族だと知り、その能力の一端にも触れた。しかし、相変わらず自分は高校生をやってた頃のままの自分だ。「オレって成長してないのか?」と思うこともある。だが、そうやって自分を見つめることができるようになったこと自体が成長の証だ、と天地が気づくのはもっとずっとあとのことになるだろう...
 カチャ...
 ノブの回る音がして、ドアの隙間からひょっこりという感じで砂沙美が顔を覗かせた。
「えへへ〜」
 そのままの姿勢で砂沙美がはにかむような笑みを浮かべたのは、砂沙美の用事がいつもの相談事、つまり、魎呼と阿重霞の抗争を筆頭とする柾木家内の問題を解決する目的ではないことを示している。今回はめずらしく砂沙美の個人的な用件らしい。
「どうしたの砂沙美ちゃん?なんだか嬉しそうだね」
 いつもめまぐるしく表情を変え、天地を楽しませてくれる砂沙美だが、今日の表情は、楽しくてたまらないくせにそれを一生懸命隠しているような、それでいて、隠していることを早く言いたくてうずうずしているような、そんな笑みを浮かべていたのだ。
「えへへへへ〜」
 天地の言葉を肯定するようにもう一度笑った砂沙美は、ドアの隙間から体を滑り込ませると、後ろ手でそっとドアを閉じた。天地のところからは見えないが、背中に何か隠しているらしい。そのまま、砂沙美はまた立ち止まってしまった。顔には恥ずかしげな笑みがはりついたままだ。
「ええと...」
 対応に困った天地は、本当に困ったような顔になった。眉毛の下がった苦笑という表情であり、ご丁寧に頭の後ろをぽりぽり掻いてたりもする。困った天地は困った顔のままその場に腰を下ろした。そうすれば砂沙美もこっちに来て座ると思ったからだ。
「あのね、天地にいちゃん...」
 天地の予想に反して、砂沙美は立ったまましゃべりはじめた。言葉の中にも笑みが含まれている。
「砂沙美ね、天地にいちゃんにプレゼントがあるんだよ...はい!」
 ちょこちょこっと天地に近づいて、さっと両手を前に伸ばす砂沙美。砂沙美の小さな両手に握られた紙包みには、綺麗なリボンがかけられていた。
 差し出された紙包みを見て、天地の困惑はさらに深まった。誕生日でもない、バレンタインとかのイベントでもない、と、天地の頭の中は猛スピードで回転していくが、砂沙美からプレゼントをもらう理由が思い浮かばない。
「えっと...」
 とりあえずもう一度苦笑など浮かべながら頭の後ろを掻いてみる。天地の見上げる砂沙美の表情が曇った。
「天地にいちゃん、受け取ってくれないの?」
「やっ、そんなことないよ、砂沙美ちゃん」
 砂沙美の睫毛が震え出し今にも涙が滲んできそうな気配を感じた天地は、慌てて砂沙美の持つ紙包みに手を伸ばして受け取った。
「嬉しいよ、砂沙美ちゃん。どうもありがとう」
 砂沙美の表情が、ぱあっと輝いた。天地もほっとして肩の力を抜く。
「でもどうしてオレにプレゼントなんかくれるんだい?」
 天地はにこやかな表情を崩さずに砂沙美に尋ねた。
「えへへ。それはね...」
 砂沙美の顔に恥ずかしげな笑みが浮かんだ。



 砂沙美は天地の前にちょこんと座って話しはじめる。
 が、この二人の話をする前に、今この時間の柾木家の状況を説明しておこう。
 いつもは畑仕事や祖父勝仁との修行に汗を流しているはずの天地が部屋にいるのは、今日が雨降りだからという単純な理由からである。毎度毎度、天地にまとわりついてばかりいるように見える魎呼と阿重霞も、実は地球での生活にすっかり馴染んでおり、今は欠かせない日課となっている昼メロと昼のワイドショーを見るのに夢中になっているところだ。今日は非番の美星も、お菓子をつまみながらこれに付き合っている。
 勝仁は雨降りなので昼食にも現れず神社に篭りっきり、信行はこの大所帯の生活費を賄うため今日も残業が確定している。鷲羽はいつものように研究室だが、今日は妖しげな研究ではなく、魎皇鬼の定期メンテナンスを行っているらしい。
 そんなこんなんで、砂沙美にとっても作者にとっても都合のいい「砂沙美と天地二人っきりの時間」が白昼のこの時に生じたわけなのである。
「今月の占いでねっ!」
 勢い込んで砂沙美が話しはじめる。天地が面食らって目を丸くしているが、そんなことはおかまいなしだ。
「今月の占いで、大好きな人にそれをプレゼントすると、らぶらぶになれるって書いてあったの!」
「いいっ?!」
 身を乗り出すようにしてしゃべる砂沙美に、天地はたじたじになってしまう。
「らぶらぶって...」
「だって天地にいちゃん、阿重霞おねえさまや魎呼おねえちゃんばっかりかまって、砂沙美とはぜんぜん遊んでくれないんだもん!」
 おそるおそる尋ねる天地に、砂沙美は口を尖らせて答える。こういう話を苦手とする天地は、また困って頭の後ろを掻きはじめた。
「砂沙美だっておねえさまたちに負けないくらい天地にいちゃんのことが大好きなんだから!」
「あ、ありがとう、砂沙美ちゃん」
 とりあえず礼を言う天地を見て、砂沙美はすぐに笑顔に戻った。無事、プレゼントを渡せたので機嫌がいいのだ。
「ところでこれ、何が入ってるの?」
 天地は一番気になっていることを尋ねた。渡すとらぶらぶになるプレゼントなど、天地には想像もつかないが、あまり高価なものをもらうわけにはいかない。袋の軽さからいって、ちょっとした小物だとは思うのだが。
「パンツだよ」
 あっさりと答える砂沙美。
「パンツぅ?!」
 驚いて目を見張る天地に、砂沙美はこくこくと笑顔で頷いてみせる。
「砂沙美ちゃん、その、その占いってどこで見たの?」
「おじさまの読んでる雑誌にのってるの。砂沙美、毎月楽しみにしてるんだよ」
 無邪気に答える砂沙美を見ながら、天地は暗澹たる気持ちになった。
 天地の父、信行の読む雑誌は、建築技術関係のものからファッション誌、まんが雑誌、それに少々いかがわしいものまで幅広い。だが「パンツをプレゼントする」などという占いが載っている雑誌がまっとうなものとはとても思えない。そうすると、そのパンツの意味も疑わしくなる。
「ま、まさか砂沙美ちゃんのパンツ...」
 頭の中に砂沙美がパンツを脱いでいる姿がもやもやと浮かんできて、天地は慌てて頭を振ってその妄想を追い出した。
「ほえ?砂沙美のパンツ?」
 小さなつぶやきだったが、天地の声は砂沙美の耳に届いたらしい。
「い、いやっ、違うんだ。なんでもないんだよ、砂沙美ちゃん!」
 自分の不埒な妄想をすべて見透かされているような気になって、意味もなくバタバタ手を振って否定する修行の足りない天地である。
「ふ〜ん」
 しばらく不思議そうな顔で天地を見ていた砂沙美は、ぱっと明るい顔になって身を乗り出した。ほんとうにころころ表情の変わる砂沙美である。
「ねえねえ、それ、あけてみてよ、天地にいちゃん!」
「あ、うん。そうだね、砂沙美ちゃん」
 助け舟を出されたような気分でほっと一息ついた天地は、綺麗に包装された袋の口を丁寧に開いていった。
「へえ...」
 天地の口から感嘆の声が漏れる。中から出てきたのは天地が恐れていたような(笑)女物のパンティーではなく、トランクスタイプのパンツだったのだ。しかも、天地がいつも履いているような縞パンではなく、グリーンの濃淡を基調にした優美なデザインの生地でできている。
「ありがとう、砂沙美ちゃん。オレこんなの欲しかったんだ」
 半分はお世辞で半分は本音である。自分で買いにいくとついつい安い縞パンを選んでしまう生活じみた天地でも、心の底にはおしゃれ心を秘めているということなのだ。
「よかった〜。砂沙美、こんなの縫ったの初めてだから、気に入ってもらえるかどうか心配だったんだ〜」
「ええっ?!」
 天地の顔が驚愕に強張る。もう一度まじまじとパンツを見た天地だが、どう見ても手縫いには見えない見事な出来映えである。
「これ、ほんとに砂沙美ちゃんが縫ったのかい?オレ、てっきりどこかで買ってきたんだと思ったよ」
「やだなあ、天地にいちゃん。ほめすぎだよ〜」
 照れている中にも嬉しそうな表情を覗かせる砂沙美であった。



 驚異的な家事能力だ、と改めて天地は思った。もちろん砂沙美のことである。
 炊事に掃除に洗濯などをテキパキこなす姿はいつも見ていた天地だが、縫い物もここまでやってしまうとは。繕い物などは主に阿重霞がやってくれていたので、砂沙美はそういうのはやらないのだろうと、なんとなく思っていた天地である。いや、天地だけでなく柾木家の他の住人もそう思っているに違いない。
 天地はまだ砂沙美にもらったパンツを眺めている。ミシンで縫ったと見紛うばかりの細かい縫い目は、よく見るとぜんぶ手縫いであることがわかる。時間と手間を惜しまず、丁寧に縫ったのだろう。天地はその一目一目に砂沙美の健気な思いを感じて胸が熱くなった。
(ちゃんと時間をとって砂沙美ちゃんと遊んでやらないとな)
「ん?」
 思わずパンツを握る手に力をこめてしまった天地は、あることに気づいてもう一度それを見なおした。
「砂沙美ちゃん、もしかしてこの生地は」
「うん。樹雷のだよ」
 天地は布の表面を撫でて、その手触りを確認した。化繊のようなツルツルした肌触りの中に、ほのかな温かみが感じられる。試しに裏側も見てみると、こちらは柔らかく吸湿のよさそうな布地だ。驚くべきことは、そうやって表と裏が全く違った材質に見えるにもかかわらず、その布がどう考えても単純な一枚織りにしか思えない程薄いことである。しかも、袋の中で折りたたまれていたにもかかわらず、表面には折皺ひとつついていない。
「樹雷の肌着に使う織物なんだよ。砂沙美のも、阿重霞おねえさまのも、同じのでできてるの」
「そういえば...」
 と、天地には思い当たることがある。阿重霞と砂沙美が地球に来てまだ間もない頃のことだ。近所の案内を兼ねての散策の途中に雨に遭った天地と阿重霞は、雨宿りのために山小屋に避難したことがあった。そのとき、天地は阿重霞の肌着に触れる機会を得たのだ。事故である。それは阿重霞にとっては忘れられない想い出となった。天地は今の今まで忘れていたが。
(そういえば、こんな感触だったかな)
 そのときの阿重霞の肌着は雨でかすかに湿ってはいたが、同じ生地だということはわかる。
(でも、もっとあたたかくて、もっとやわらかかったような...)
 そのぬくもりとやわらかさが、肌着が持つものではなく、阿重霞自身のぬくもりとやわらかさであったことに気づいた天地は、ふたたび慌てて頭の中の妄想を追い払わねばならなくなった。
「天地にいちゃん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないんだ。ほんとにありがとう、砂沙美ちゃん」
 天地はもらったパンツを丁寧に畳んで、もう一度袋に戻そうとした。
「あっ、ちょっと待って、天地にいちゃん」
 少し腰を浮かせながら、砂沙美が口を挟んだ。
「今からそれ、履いてみせてよ」
「ええぇぇぇっ?!」
 驚いてばかりの天地に、本日最大の驚愕が襲いかかった。



 砂沙美の言い分には筋が通っている。
「砂沙美、パンツなんて初めて縫ったんだもん。ちゃんとできてるかどうか心配だよお」
 ということだ。新しい料理を作ったときは、必ず誰かに味見をしてもらう。砂沙美にとってはそれと同じことなのだろう。
「砂沙美ちゃんの前で、その、下着姿になるのかい?」
「そうだよ。恥ずかしくないでしょ、男なんだから」
 こう言われると妙に意識するのもかえって変に思われそうだ。天地は、相手は子供なんだから、と思うことにして、覚悟を決めた。しかし、パンツを履くためには、今履いているものを脱がねばならない。
「じゃあオレ着替えるからさ。砂沙美ちゃんはちょっと...」
「うん!うしろ向いてるね」
 砂沙美は正座のまま器用にくるっと体を回した。
「あ、いや。そうじゃなくて...」
 天地の声はだんだんと小さくなって、最後は溜息の中に消えた。本当は砂沙美には部屋を出ていてもらうつもりだったのだが。
「じゃあオレ、着替えるから。いいって言うまでこっち見ちゃダメだよ」
「うん。わかってるって〜!」
 砂沙美の元気な声に背を向けて、天地はズボンをおろしはじめた。自分がなにかすごくマヌケなことをしてるんじゃないかという心の声を、天地はあえて無視することにした。
 ズボンを脱いでしまった天地は、自分の下半身を見下ろして顔を顰めた。パンツに靴下というマニアにはたまらない(笑)姿である。脛にそよぐムダ毛もセクシー(笑)であるが、ナルシストの気のない天地にはみっともない格好にしか見えない。
 靴下も脱いでしまった天地は、パンツのゴムに手をかけたところで、首だけ回して後ろを見た。お尻をちょっと突き出したそそるポーズ(笑)である。しかし、砂沙美は天地のこのサービスシーンにも気づくことなく、お行儀よく背を向けて座ったままであった。
 履いているパンツを一気に下ろして足から抜き取った天地は、袋の中から砂沙美にもらったパンツを出してすばやい動作で装着した。柔らかい感触が腰部を包み、天地はほっと胸を撫で下ろす。もう一度砂沙美の方を目で確認したが、着替えを見られていたような様子はない。
「こっち向いてもいいよ、砂沙美ちゃん」
 ちゃんと位置を直して落ち着いた天地が声をかけると、砂沙美はさっきと同じように座ったまま器用に天地の方に向きを替えた。
「天地にいちゃん、どう?」
 とは履き心地のことだろう。天地は左右の腿を交互に持ち上げて見せながら、
「うん、ばっちりだよ。いつも履いてるヤツより気持ちいいみたいだ」
 と、正直なことろを答える。さすがは樹雷で肌着専用に使われている布地だ。
「きついとことかない?ゴムとか大丈夫?」
 砂沙美は膝立ちになって天地に近づくと、パンツの布地を引っぱったり裏返したりしはじめた。慌てたのは天地である。
「あ、ちょ、ちょっと砂沙美ちゃん、マズイよ...」
 砂沙美の小さくてやわらかな指先が布地の上を這い回ると、天地はある種の危険性を感じて、わずかに腰を引いた。ブリーフほど密着してないとはいえ、布一枚向こうが敏感な部分であることには変わりない。
「どこがマズイの?ここ?」
 誤解した砂沙美の指が、逃げる天地のパンツを追った。砂沙美の指が触れた場所は、天地の正面、すなわち天地としては今一番触れて欲しくない場所である。
「男の人って余計なものがついてるもんね。もうちょっと余裕をもたせた方がよかったかなあ?」
 砂沙美はその部分をつまんでみたり、押してみたり、引っぱってみたりと調査に余念がない。一方の天地は甘美な刺激を受け続け、そろそろ我慢の限界が近づいていた。
「い、いや、いいんだよこれで。いつもはいてるヤツとほとんど同じだしさ」
 言いながら腰を引く天地。
「だってそっくり同じになるように作ったんだもん、当たりまえだよ。でもせっかくなんだから、ここのところにもうちょっと...」
 逃げる天地を追って、なおも砂沙美の手は伸びる。
「いや、ほんとにいいんだよ。ほら、あんまり余裕があっても、なんていうか、そう、安定が悪いしさ」
 逃げ切れないと悟った天地は、砂沙美の手を握ってやんわりとどかせようとしたが、それくらいで諦める砂沙美ではない。より一層その部分に執着して、ぎゅっと布地を握り締める。そして、ついに破局が訪れた。
「う...だ、ダメだよ砂沙美ちゃん。そんなに握っちゃ...あ...」
「え?天地にいちゃん、痛かった?」
 天地の様子がおかしいのに気づいて、砂沙美は手を離したが、時既に遅し、である。心配そうに見つめる砂沙美の前で、天地のパンツの中身はむくむくとその容積を増し、パンツの布地を押し上げて、立派なテントを張ってしまったのだ。
「ああ...だからダメだって言ったのに...」
 と、珍しく天地が泣き言を言う。見ると顔も泣き出しそうになっている。が、砂沙美は天地の顔など見ていなかったし、泣き言も耳には入っていなかった。眼前の見慣れない現象に夢中で目が離せなくなっていたからだ。
「すっごぉい...こんなにおっきくなるんだ...」
 砂沙美は大きな瞳をきらきら輝かせながら手を伸ばし、指先でちょんとテントの頂に触れた。即座にびくんと震えて反応するそれに、砂沙美は一層、好奇心を刺激される。が、触られたことで我に返った天地は、慌てて腰を引きながら両手でそこを覆い隠した。
「触っちゃだめだよ、砂沙美ちゃん!ね、もういいだろ?オレ、このパンツ、大切に履かせてもらうからさ」
 逃げ腰というより、へっぴり腰で後退りしながら、ズボンを手に取ろうと近づく天地。だが、天地のこの言葉は、逆に砂沙美の使命感に再度火をつけてしまったようだ。
「ちょっと待って、天地にいちゃん!」
 真剣な表情になった砂沙美は、するするとまた天地に近寄ると、股間を覆い隠す手を強引に引き剥がした。
「やっぱりもうちょっと余裕がないとダメだよ。ここ、つっぱって痛いでしょ?」
 砂沙美はさっきとは違う『職人の目』で、自分の作品である天地のパンツを見ながら、真顔でその欠点を指摘した。またも一番敏感な器官を布越しに刺激された天地は、びくんと震えながらも、ここが男の踏ん張りどころとばかりに奥歯をぐっと噛み締めて耐えた。
「いや、ほんとにこれでいいんだ、砂沙美ちゃん。滅多に、その、大きくなるわけじゃないし、あんまりぶかぶかなのも困るんだ。ぶらぶら動いちゃったりとか、えーと、横からはみ出しちゃったりとかさ。だから、ほんとにいいんだよ、これで。ありがとう、砂沙美ちゃん」
 天地は必死に懇願し、理を尽くして説明した。とにかく早くこの恥ずかしいモノを隠してしまいたい一心である。
「そぅお?遠慮することないんだよ?すぐ直せるんだから」
「遠慮なんかしてないよ。ほんとにこれでいいんだ。ほんとに」
 ここまで言われてしまうと、砂沙美もそれ以上追求することはできなくなった。納得できてないような顔ながらも、こっくりとうなずく砂沙美を見て、天地はようやく虎口を脱した思いで肩の力を抜くのだった。



 結局、天地はもらったパンツを履き替えることなく、その上からズボンを履いてしまった。天地が着替えるからと言ってもどうせ砂沙美は後ろを向くだけで部屋を出てくれないだろうし、そうなると猛り立ったままのモノをパンツの中から解放するのはとてつもなく危険なことだと思ったのだ。ちなみに、ズボンを履いて安心した天地の心情を反映するように、ソレは元の大きさに戻っている。
 天地が元履いていた縞パンは、今は砂沙美の手にある。自分で洗うから、という天地の手から「砂沙美が洗ってあげる!」と強引に奪い取ったのだ。そのときも天地は苦笑するしかすべがなかったのは言うまでもない。
「今月の占いの天地にいちゃんのとこ、なんて書いてあったかわかる?」
 砂沙美は立ち去り際に悪戯っぽい顔でそんなことを言い始めた。もちろん天地にわかるはずがない。そんなことは先刻承知の砂沙美は、すぐに答えを言う。
「あのね、もらったプレゼントと同じものを相手にプレゼントするといいんだって!砂沙美、楽しみにしてるね。えへへ」
「ええっ?!砂沙美ちゃんに、その、パンツをプレゼントするのかい?」
 予想通りの反応をする天地。砂沙美は平然とした顔だ。
「そうだよ。あ、もちろん縫ってなんて言わないよ。かわいいの買ってきてね」
 すでにプレゼントを受け取ってしまい、しかも身につけている天地には断ることなどできようはずもない。情けない顔で約束する天地に、さっと近づいた砂沙美がそっと耳打ちする。
「もちろん砂沙美もちゃんと履いて見せてあげるからね」
 言いたいことだけ言って、砂沙美はさっと身を翻すと、ドアを開けながら振り返った。
「じゃあね、天地にいちゃん!」
「あ、ちょっと...」
 頬をうっすら染めて出て行く砂沙美を、天地は追いかけようとしたが、ドアの前で足止めされてしまう。ドアの横の壁から魎呼がぬーっと現れたからだ。魎呼の見たいテレビ番組はもう終わったらしい。
「なんだ、砂沙美も天地のとこに来てたのか」
「あ、魎呼おねえちゃん。うん!でももう砂沙美の用事は終わったから」
「そっか。じゃあタッチ交代だな」
 実際に手と手をパチンと打ち合わせながら、砂沙美と魎呼がすれ違う。腰を浮かせかけた天地は、それを見てまた腰を下ろした。諦めたのだ。
「ちょっと!魎呼さん!またこんなところから出入りして!」
 ドアの外から阿重霞の声が聞こえる。
「ちっ、うるせーのが来やがった」
 魎呼は完全に部屋の中に入ってしまうと、いつものように天地の首に腕を巻きつけてしなだれかかる。ドアを開けて阿重霞登場。そして、口論、閃光、爆発、悲鳴。いつもの喧騒が柾木家に戻って来た。
 二人の間に割って入りながら、天地はふと窓の外に目をやった。雨はもう止んでいる。明日は天気になるだろう。
(明日の買い物はやっぱり...一人で行かなきゃな)
 砂沙美に似合うのはどんなのだろう、と想像をめぐらせた天地を電撃が襲う。
「どわぁ〜〜〜〜っ!」
「きゃっ、天地さま!しっかりなさって!」
「お、おい、大丈夫か?天地!」
 阿重霞と魎呼が両側から抱え起こした天地は、なぜか鼻の下を伸ばしたまま気絶していたという。
 天罰覿面。
(おしまい)

藻枝笹峰
E-Mail:moeda@po.sasami-unet.ocn.ne.jp
HP:砂沙美ちゃんとりょうちゃん

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